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『剣遊記 番外編X』

第一章  狙われた(小心)魔術師。

     (3)

「わわぁーーっ♾ これっちいったいどげんしたらよかっちゃねぇーーっ☠☠」

 

 けっきょく裕志は、いつもの小心ぶりを大いに発揮。女々しく泣き叫ぶしかできなくなった。そんな情けなくて恥ずかしい場面だった。部屋の隅にあるドア(裕志の右足のほう)が突然ガチャッと開いて、そこからひとりの中年男が顔を出した。

 

 それから男は笑った。裕志にあからさまな見下しの目を向けて。

 

「ふぉっふぉっふぉっ、目が覚めはったようでんな☻」

 

 まるで某宇宙人のような笑い方。

 

 その中年男も、裕志と同じ黒一色のダブダブな出で立ち。また黒頭巾を頭からかぶっている服装を見れば、実体はまさに明らか。この中年男(年は四十代くらいか)は裕志と同業の魔術師。しかも理由不明のままで裕志を拘束している、張本人なのであろう。

 

 ちなみに誰がいったい決めた話なのか、魔術を生業としている者は、昔から黒を基調とする服を着ているものだが、この際そのような薀蓄は関係なし。

 

「あ、あんた……いったい誰なんですか?」

 

 とりあえず礼儀で、裕志は名を尋ねてみた。しかしさすがに、ふだんは勘のにぶい自分を自覚している裕志にも、男の素性がわかっていた。この中年魔術師こそが、自分に害を為す存在であろう話の展開を。

 

 このような状況下で新たなる登場人物が現われた場合、それらは大抵、さらなる災厄の悪化を招く事態に他ならないからだ。

 

 だがそれでも、裕志は尋ねられずにはいられなかった。現在のこの状況を説明してくれる者でありさえすれば、この際相手が敵であろうが味方であろうが、どっちでもええっちゃよ――そんな半分投げヤリ、あるいは藁{わら}をもすがる思いに、今の裕志はなっているのだから。

 

「ふぉっふぉっふぉっ、教えてやるわい☻」

 

 切羽詰まった思い丸出しの裕志に対し、中年魔術師はすなおに、なおかつ余裕しゃくしゃくの、実に腹の立つ姿勢で応じてくれた。被害者が小心者で、さらに余裕ゼロ状態の裕志でなければ、とっくに相手から逆上されて、フルボッコのタコ殴りとなっていただろう。

 

 これはある意味、拍子抜けとも言えそうな態度でもあるが、早い話、絶対的優位者の傲慢でもあるようだ。

 

「ふぉっふぉっふぉっふぉっ☻☻☻」

 

 まさしく笑い方からして、怪しさ度二万パーセントのおっさんであった。

 

「我れの名は尾田岩{おたがん}✌ 今んとここないして人も寄らへん山ん奥に隠れとう身なんやが、これでも昔は、帝都の魔術師協会で栄誉をいただいとったモンなんやでぇ✄」

 

「あ……そうなんですか☁」

 

 裕志も中年親父の過去の栄光まで聞く気は、完全まったくなかった。要するにこの男、おのれの自慢話がしたいだけなのだ。

 

「……で、そ、そげなエラか人がどげんして……ぼくば捕まえたとですか?」

 

 少々の冷静は取り戻したものの、それでも裕志は顔面蒼白を通り過ぎ。今や血の気一切なしの状態。なんとかなけなしの気力を振り絞って、尾田岩に再度質問を試みた。

 

 小心の看板で有名な裕志にしては、自分でもけっこう意外に感じられるほどの勇気的主張であった。これもやはり、某先輩から長い旅で、精神的にも鍛えられたおかげであろうか。

 

「ふん☠ 知りたいようやなぁ☻」

 

 そんな裕志をやはり見下し目線でにらみつけながら、中年魔術師――尾田岩が一度両目を細め、それから部屋の中空に視線をズラし、静かな口調で語りを始めてくれた。

 

 こいつなりにもなにか、胸の中で詰まっているもの(たぶん鬱憤)が、どうやらありそうな雰囲気であった。


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