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『剣遊記 番外編X』

第一章  狙われた(小心)魔術師。

     (2)

 さらにいろいろと周囲を見回したのだが、けっきょくこの場で他にできるような行動パターンはなし。裕志は事態の打開にはまるで関係なしの、うろ覚えの知識をつぶやいてみた。

 

「え、えぇ〜っと、円周率はぁ三てん一四一五九二六五三五八九七九三二三八四六……」

 

 意外と物覚えの良い頭である事実が、ここで判明したりもする。でもさすがに、全数字の暗唱は不可能――と言うよりも現実逃避過ぎ。裕志は改めて、現状に到るまでの出来事を思い出そうと、頭の中をひねり続けた。

 

「そ、そうっちゃ……ぼ、ぼくがどげんしてこげな変つくりんな場所に捕まっとんのか……なんやけどぉ……ぼくは、先輩と到津さんとぉ……それから静香ちゃんと旅に出てぇ……ここは確か、関西の兵庫県の丹波の山奥……やったっちゃねぇ……で、今夜は四人で野宿っちゅうことになってぇ……ぼくが焚き火の薪{まき}拾いに出てぇ……途中で変な城ば見つけちゃってぇ……それば先輩たちに教えようとしてぇ、なんか変な呪文みたいな声ばしたっち思うたら、なんか急に眠とうなっちゃってぇ……♾」

 

 一生涯の内で、恐らく一度か二度くらいしか経験しないような出来事であろう。魔術師が魔術(らしいモノ)にしてやられるとは。それでも皆無ではない世界観が、逆に怖い気がする。とにかくそのような超危険状態に陥っている割には、裕志はけっこう客観的な気持ちで、状況の分析ができていた。

 

 これも某先輩との長いお付き合いのおかげで自然と身に付いた――言わば『ケガの功名』なのであろうか。

 

 だけれどそれができたところで、事態解決の糸口――いや、わずかの光明さえも、現時点において、まるで見いだせない有様だった。

 

 実際のところ、本当に自分自身を縛っている糸――いや、ヒモと言うべきか。これこそが当面の敵であるとも言えた。

 

「こ、こげなヒモ……ぼくの魔術で……☃」

 

 当然魔術師の端くれとして、脱出のために自分が出来得る限りの魔術を、この場で駆使しようと裕志は試みた。

 

 だが結果は、予想外だった。

 

「き、切れん!」

 

 ゴム状のヒモ(材質不明)は、まったくもって、ビクともしなかった。それどころか裕志の魔術自体が、なんらかの束縛を受けているかのようだ。一生懸命に呪文を唱えても、ほとんど機能を果たさないのだ。

 

 魔術が無力ともなれば、文字どおり裕志はなんの取り得もなし。ただの弱虫野郎でしかない存在と言えた。


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