『剣遊記 番外編X』 第一章 狙われた(小心)魔術師。 (19) その吠える光景を見た静香には、もはや恐れの気持ちなど、微塵も無い感じ。大胆にも男三人(荒生田、裕志、到津)の前で言ってくれた。
「なんか素敵ぃ♡ 初めはなっから驚いちゃったけど、こうして見るだがよ、けっこうかっこぶ格好してんのぉ♡☺」
ついでに到津も荒生田と裕志を差し置いて、ここで二度目の悪乗りを始める有様。
「そげそげなるほと、ワタシら一族とまたく違うけと、キマイラもなかなか、おおはいごんな味出してるのことね☆」
無論、月光に輝く巨大な姿は、今度こそ荒生田の三白眼にも、しっかりと写りまくっていた。
月の光に照らされたバルキムの全身は、その身長たるや、並みの山岳を遥かに超えているように感じられた。さらに体重に至っては、まるで推定が不可能だった。
頭部は裕志も最初に見た第一印象そのまま。魚の鮭を金属的かつ直線的に形容したような感じ。ただし口内にはやはり、牙も歯らしい物もなし。全体が鳥のくちばし型をしていた。また、月の光を反射して青色に輝く両眼の真上には、まるで天を貫くかのごとく、一本の白くて大型の角がそびえていた。
さらに腹部の形は段々腹で、背中には(これは静香がうしろまで飛んで確認した)ニワトリの鶏冠を、これも金属的かつ直線的にデザインしたような背びれが並んでいた。
極めつけで指の無い両腕は、まるでトゲを生やした棍棒の様相。
「や、やぱりこれ、ふつうのキマイラとどがぁするんくらい、ちゃうあるね☝ まさしく超獣言うぺきあるよ!」
正体はアレの到津が、思いっきり大いに絶賛するほどの大怪物であった。
「ねっ! 先輩、凄かっちゃでしょ☀」
別に手柄でもなんでもないが、裕志はまるで、自分が誉められているように鼻を高くした。これはいつも威張っている荒生田先輩が、現在まったくグーの音{ね}も出ない状態なので、少々溜飲が下がっている気になっているのだ。
ところがなぜか、荒生田自身はこの場において、ピクリとも動こうとはしなかった。
そんな風で、自分の足元でなにが起こっているのかなど、わかろうはずもなくだった。バルキムが再びクァァァァオオオオオン!――と、ひと際高く吠え立てた。
「よしよし、ちょっと待つっちゃよね♾」
裕志はとっくに慣れた感じ。バルキムに大きな声で応えつつ、もう一度先輩に顔を向けた。
「で、こんバルキムなんですけどぉ……魔術師が言うにはこんぼくの人格が入っちょうらしくて、それでぼくとすぐに仲良うなったとですよ♡ やけん先輩かて、もっとよう喜んでくださいよ♥」
それでもなお、荒生田は無反応で立ち尽くしたまま。
「先輩?」
さすがに変に思った裕志は、ポンと荒生田の背中を右手で軽く叩いてみた。
すると、これがビックリもの。サングラスの戦士がなんの抵抗もなし。そのまま地面の上に木偶の坊のごとくバタッと、仰向けに倒れてしまったではないか。
「せ、先輩っ! どげんしたとですかぁ!」
裕志は慌てて、倒れた荒生田の顔を、真上から覗いてみた。なんと荒生田は口から泡を噴き出し、サングラスの奥の三白眼も、見事に瞳孔が開いている有様となっていた。
これを見た到津がひと言。
「あいやあ! 荒生田さん、超獣見過ぎて気ぃ失ってるのことあるね☢ やぱりよほとおじかっただわね☠」
おまけで静香も、勝ち気な性格そのまま。かなりきつめなセリフを、完全気絶状態のサングラス戦士に献上してくれた。
「なぁ〜んだ、びしょったない(群馬弁で『だらしない』)わぁ☠ この人けっきょく口ばっかで、肝っ玉はなっから、おおか(群馬弁で『大した』)ことないじゃない☠」 (C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |