『剣遊記 番外編X』 第一章 狙われた(小心)魔術師。 (14) 「なぬっ? こん声は……?」
荒生田にとって、いつも聞き慣れている気合いまったく皆無の、その声。サングラス😎の戦士は、たった今まで自分に取り憑いていた狼狽を、簡単に胸の内から除去して振り返った。
それから声が聞こえた頭上に顔を上げた。
見上げれば、自分のすぐ真上。超巨大なる影が、まさに頭上高くそびえていた。それも荒生田たちが焚き火を行なった崖の真ん前に。
いきなり目の前に山が出現するなど、どのような空想の世界でも有り得ない話。だが間違いなくその影は、自分自身でここまで移動をしてきたのだ。
しかし荒生田には、もはやなんの恐れ慄{おのの}きの心境もなかった。むしろ『こん声』から軽い感じで声をかけられたことによって、なんだか無性に腹が立つような気持ちにもなっていた。
「あん野郎ぉ……なんしよんけぇ☠♨」
だけれど遥か頭上にいる者に、現在の荒生田の心境は通じていなかった。
「先ぱぁーーい! それから到津さんに静香ちゃんもぉ、脅かしてゴメンちゃねぇーーっ!」
頭上からの大声は、相変わらずの軽い調子で聞こえていた。
その呼び掛けに、荒生田は応じてやった。
「そん声は裕志やな! ほんなこつ裕志やったら、オレん合い言葉に応えてみんかぁーーい!」
実のところ、夕方からずっと行方不明になっていたもうひとり――荒生田の後輩魔術師裕志が、遥か真上にいるらしい。そのため荒生田の声は、自然と大きめの感じになっていた。
少々ノドが痛かっちゃねぇ――と、自分で思えるほどに。
それでも一応、本物かどうかの確認ば取らんといけんちゃけ――などと、荒生田は勝手にそう決め込んでもいた。
そこでまずは第一声。
「ええかぁ! 言うっちゃぞぉ! ナクヨウグイス!」
すぐに上から返答が戻った。
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