『剣遊記 番外編X』 第一章 狙われた(小心)魔術師。 (13) 「自分でなっから言うたくせにかい?」
もはや静香からのツッコミに、素直な姿勢で応じていられる荒生田ではなかった。
「に、逃げぁーーっ! ありゃ山なんかやなか! 山みてえにデッケえ怪物っちゃけぇーーっ!」
少しはまともな悲鳴を上げつつ、この場における最も適切な判断を、荒生田は即座に下した。無論静香と到津にも、それに異を唱える余地などなかった。
「す、凄いのぉ☝」
翼の戦士が背中の羽根を大きく羽ばたかせ、焚き火の前からふわりと舞い上がった。
「あ、あんな山みてえな怪物、あたし初めて見たなんさぁ♾」
地上に残された到津も、上を見上げたままで彼女に応じた。
「ワタシの一族の言い伝えにも、あんな怪物の話は無いだわね✍✎」
まさに静香と到津が叫ぶとおり。突然の地鳴りとともに現われた怪物――いや大怪物は、周囲の山々を完全に見下ろせるほどの身長で、大地に直立不動しているのだ。ただし夜の暗がりのためか、全体像ははっきりと見えなかった。それはとにかく、こうなれば到津も慌てて短い足で、サングラスの戦士よりも先に、駆け足疾走を開始した。
要するに逃げ出したわけ。
これにて出遅れた者は、当の荒生田ただひとり。
「くおらぁーーっ! オレよか先に逃げんやなかぁーーっ!」
今さらながら、荒生田が見苦しい雄叫びを上げた。ところがそんな荒生田の頭上から、拍子というモノが完全に抜け落ちているような軽い声が、まるで天からの降臨のごとく聞こえてきた。
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