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『剣遊記15』

第四章 謎のロビンソン漂着。

     (5)

 秋恵はそっと、その『先ほどまでは無かったモノ』に近づいてみた。

 

「きゃん! 人ばい!☠」

 

 秋恵が見た『無かったモノ』は、見間違うはずもなく人間だった。

 

 それもヤロー――もとい男。波打ち際に、うつ伏せで倒れていた。ただし顔の部分は砂地にあって右を向いているので、水に溺れて窒息の恐れはないようだ。

 

 いや、それ以前に、彼はしっかりと生きていた。胸がひと目見てはっきりとわかるぐらいに、呼吸で上下をしているので。

 

 とにかく秋恵は、心の底から安堵した。

 

「良かったぁ〜〜☻ あたしの裸っとか変身場面ば見られとらんみたいやけ

 

 遭難漂着者の生死よりも、自分のヌードを出歯亀されるほうが、彼女にとって遥かに重要らしい。とにかく今の秋恵はビキニスタイルであるとはいえ、自分が着衣済みの幸運に感謝をした。それともうひとつ、自分のヌードを見られていないと確信した理由は、波打ち際で小波に打たれている男が、どこからどのように拝見ても、完全に意識を失い中――としか思えない状態であったからだ。

 

 一応人を見る目がある(?)秋恵は推察した。男の年齢は、二十代か三十代の前半くらい。東洋系の顔ではあるが、今の状態では日本人なのか、それとも異国の人なのかはわからなかった。服装はほぼボロボロの状態で、一般市井風のTシャツ姿をしていた。ちなみに色は白。かなりに汚れきっていて、原色がかろうじてわかる程度だ。さらにズボン(黒)もやはりボロボロながら、なんとか皮のベルトが機能して、きちんと着用の身であった。

 

 なお、左向きになっている顔面は、全体的にヒゲぼうぼう。それでも秋恵は見抜いていた。男の顔立ちを。

 

「……けっこうイケメンみたいばいねぇ♡ とにかく美奈子先生たちんとこば連れてかんといけんばい

 

 男の正体など、今の秋恵には二の次の問題だった。もっともこの時点において、彼女に知りようなど、あるはずもないが。またそのような事情であれば、第一発見者が孝治や美奈子であっても、やはり同様の手段を取るしかないだろう。

 

「よっこらしょっと

 

 初め秋恵は、男のわき腹に両手を入れて、背中から起き上がらせようとした。

 

 だが駄目だった。十五歳のまだまだ少女である秋恵には、大の男をズルズルと引きずる力は無かった。

 

「やっぱ男ん人っち、いじくそ重たかぁ〜〜っ! これじゃあたしじゃ無理ばぁい


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