『剣遊記15』 第四章 謎のロビンソン漂着。 (11) さらに体力も取り戻したらしい。蟹礼座は医療室を出て、早くもラブラドール・レトリーバー号の船内を歩ける体にまで回復をした。
『ホイジャア、出航スルケンノォ』
こちらも謎の広島弁であるラブラドール・レトリーバー号――略して『らぶちゃん』が音声マイクで船内放送するなり、マストの帆が自動で上下左右にパァーーッと広がり、船を東の方向へと進ませた。
「こがあな船を見るんは初めてじゃあ☀ なんもかも自分で勝手に動いちょるのぉ♋」
さすがに船乗りを自称するだけあって、蟹礼座は両目をパッチリと開き、大きな驚きを表現していた。
「そうどすえ☺ これもうちの魔術の総決算みたいなもんでっせぇ☻」
なぜか美奈子がベタベタと、蟹礼座の右に付きっきり。例の超マイクロビキニ姿そのまんまで。なお、慣れたのかあきらめたのかはわからないが、蟹礼座は美奈子の格好に突っ込むのは、もうやめにしたようだ。
「また美奈子さんの病気が始まったばい☕⚠ かなり嘘と脚色混じりのやね☻☠」
「そうちゃねぇ☻ この船ば作ったと、いつん間にか自分の実績にしちょうけねぇ☺☻」
もっともこれだけならば孝治と友美のひそひそ話どおり、イカした男性に美奈子が惚れたの図――といったところであろう。ところが今回は、いつもと勝手が違っていた。
「そいけん、こん人ん面倒ばあたしが見るっち言いようでしょ⛑ あたしにも看病ばさせてほしかですよぉ♐」
なんと蟹礼座の第一発見者である秋恵までが彼の左側について、その左腕をしっかりと、自分の両手でつかんでいたのだ。
つまりふたりの女性が、両側からひとりの男性を引っ張り合う格好。
「もうえーけぇ、いらうんじゃねえ(広島弁で『さわるな』)でよぉ⚠」
蟹礼座も、あまり人の良い人物ではないようだ。しつこくくっ付いてくるふたり(美奈子と秋恵)を、露骨に迷惑がっていた。
「ちょ、ちょっと、動きづらいとじゃがぁ……☁」
余談ながら、蟹礼座はすでに着替えを終えていた。ただし、彼が今着ている服は、らぶちゃんになぜか初めから用意をされていた、男性用の黒い礼服。航海中に船乗りが着こなす格好では、全然なかった。あとで孝治はらぶちゃんから直接教えてもらったのだが、寄港地で来訪した客人を迎えるときにこちらが着る、言わばTPOだと言う。ちなみに漂着時に彼が着ていたもはやボロボロ状態だったTシャツは、美奈子が本人の承諾をすっ飛ばして、勝手に海に捨てたと言う。そんな風で、本人も似合わないと思っているらしい素振り丸出しの蟹礼座に現在、美奈子と秋恵が、ベタベタとまとわりついている状態なのである。
しかも両者、ともに水着のまんまで。まずは美奈子が、艶{つや}っぽい声音。
「まあ、よろしいではおまへんか☆ この船はうちらだけの独占になっておますさかい、なんも遠慮はいらへんのやでぇ☻」
「あのぉ、美奈子先生、そのカッコ、蟹礼座さんにはちょっと刺激が強過ぎるんやなかですか?」
そう言う秋恵自身も充分に刺激的(ピンクのビキニ姿👙)ではあるが、さすがに美奈子の超マイクロビキニを前にすれば、それだけの棚上げ発言を行なえる権利と資格がありそうだ。
まさに見ようによってはほぼ全裸に近い(ごめん! しつこい表現だが)超マイクロビキニ姿を今さらながら前にして、孝治は離れた位置にいて、小声でつぶやいた。
「まあ、第一発見者で純な性格の秋恵ちゃんが、蟹礼座さんにひと目惚れするんはわかるっちゃけど、美奈子さんまで色気ば出すなんち、これは予想外な展開っちゃねぇ☻ 友美はどげん思う?」
「言われてみたらぁ……そうっちゃねぇ✍」
友美は頭を右に傾けていた。
「……う〜ん、話はズレるっちゃけど、蟹礼座さん、なんか船乗りっちゅうには思うたよりも、黒の礼服が似合{にお}うとうっちゃねぇ☞ ごめんばいね☺ ほんなこつ話ばズラしてしもうて♪✋」
「似合{にお}うとうねぇ……☁」
孝治も改めて、現在の蟹礼座の服装を、遠くから眺めてみた。確かに友美の言うとおり、彼は礼服を、きちんと着こなしていた。このような考え方はある意味偏見であろうけど、彼のように綺麗な紳士服が似合う船乗りなど、孝治は今まで、一度もお目にかかった覚えはなかった。大半は体中から海の潮の香りをプンプンとさせた、かなり汚れ系のシャツ一枚の格好ばかりであったので。
「……まあ、今んとこは船乗りでもいい服が似合う例外の人もおる、っち考えとこっかね✐」
お洒落な船乗りがおったらいけん――という法律があるわけでもなし。孝治は一応、その付近の考え方で、自分自身を納得させた。
この間もらぶちゃんことラブラドール・レトリーバー号は道草であった南西諸島を離れ、いよいよ広い太平洋一周の航海に、その進路を定めていた。 (C)2018 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |