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『剣遊記 番外編W』

第三章 西方海上波高し。

     (6)

 その『怪しい船』が急接近しつつある、大型の帆船内。甲板上では、ひとつの騒動が持ち上がっていた。

 

「だ、誰ねぇ! 勝手に攻撃ばおっ始めたんはぁ!」

 

 船上の生活にはあまり似つかわしくない風采の、黒い背広に黒のネクタイで着こなした一見紳士風の小男が、大慌てでブリッジから甲板に走り出た。

 

 彼の左手には望遠鏡が握られているのだが、その小男を甲板上にいた船長が、驚きの顔をして出迎えた。

 

「は、はい……わたしばってんですが……なにか?」

 

「こん大馬っ鹿もぉーーん!」

 

「わひっ!」

 

 いきなり頭ごなしに怒鳴りつけられ、船長が亀のようにビクッと首をすくめた。そのため頭にかぶっている海賊風のキャプテン・ハットが、ピョンと頭上から飛び上がるほどに。それから船長は、恐る恐るの上目遣いでもって、か細い声での言い訳を始めた。

 

「……きゅ、急にそがん言われたかて、大豊場{たいほうば}様……あなたがこん船に近づくもんば、漁船やろうが衛兵隊やろうが、そのぉ……全部沈めちまえっち、おっしゃったやなかですか……☁」

 

「せからしかぁーーっ! こんオタンチィィィィィィィィィン!」

 

 自分自身の痛い部分を完全に蹴飛ばし、大豊場とやらが、さらなるがなり声を吠え立てた。これにて今度こそ、船長のキャプテン・ハットが風圧によって、空の彼方まで吹っ飛んでいった。

 

 いかにも紳士を気取った背広姿にネクタイ付き。それでいながらインチキ風丸出し典型的悪役の大豊場が、手にしている望遠鏡をブルンブルンと振り回し、船長相手に一気にまくし立てた。

 

 これではむしろ、馬鹿丸出し。

 

「オレはたった今、こん望遠鏡であん船に乗っちょうやつん顔ば見てしもうたんばい! そしたらなんと驚け! あん船に乗っちょるんは悪名高い女戦士の本城清美やったとやけぇ! やつが通り過ぎた跡にはペンペン草の一本も残っちょらんっちゅう話ば、おまえらかて聞いとろうがぁ!」

 

「は、はあ……確かにぃ……☠」

 

 いまだ半信半疑気味の顔でありながらも、船長は大豊場にうなずきを返した。それからなおも、大豊場の遠吠えが続いた。

 

「やつはつい先週かて、大分県の別府で博打王としてそん名も高か疑路一家ば、きゃーまぐったことに壊滅させたばっかしなんやけぇ! それなんにこっちからうったたいてみい! それこそこがんばチャンスっち見て、問答無用でいんやーぎん(長崎弁で『なんだこの野郎♨』)してくるやろうがぁ!」

 

 清美について、異常なほどにくわしい大豊場であった――というよりも、彼女の武勇伝があまりにも有名(もち悪名のほうで)なので、悪の業界の間では、とっくに常識の世界なのだろう。


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