『剣遊記 番外編W』 第三章 西方海上波高し。 (4) 清美たちが乗っている漁船――実は衛兵隊貸与の哨戒船が前進するにつれ、不審船の全貌が、しだいにあらわとなってきた。
それは大きな帆を張って大洋を航行する、遠洋航海も可能に見える、大型の帆船であった。
「まだはっきりっち断定できんとですけど、見かけはふつうの貨物船っちゅうところですね☞ ただ、船上に人ん姿がよう見えんっちゅうのが、変っちゅうたら変なんですが……それにたったひとりだけ見えちょうマストにおる船員の様子かて、なんかおめきようような感じがするばってんねぇ……☁」
ちり紙を鼻に詰めているままなので、今の徳力の言葉は、どうにも聞き取りにくかった。それでもなんとか、自分が見たまんまの報告とやらを、健気な従順ぶりで清美に説明してやった。
「で、あれにどんだけ敵が乗っとるんか、こっからわからんとね?」
「さ、さあ……そぎゃんことまではちょっとぉ……☂」
「ちぇっ! もうちょっとそこんこつ、ぬすけ(熊本弁で『ぼーっと』)とらんでよう望遠鏡で見てみんね♨」
不審船を早くも『敵』と決めつけ、おまけに自分勝手な要求を、清美が徳力に突きつけた――とたんだった。
「清美さん! あっちの甲板におる見張りに見つかったようですばい! やっぱしこっちん様子ば見よったんばってん……あっ、あれっち!」
漁船の操船も兼ねている徳力が、急に叫んで前方の帆船を右手で指差した。
「ああっ! あっちん船ん人が増えてきましたばい! しかも全員、弓矢ば持っちょうばってん!」
「こりゃやおいかんばぁーーい!」
清美もつられて、帆船に瞳を向けた。戦士という職業柄、視力が抜群な彼女にも、帆船の甲板上にバラバラと、なにやら武装している集団が現われ、そいつらが一斉に弓矢を構えてこちらを狙っている光景が、嫌と言えるほどに見えてきた。
一応彼らは船乗りのようだが、その風貌は目付きの悪い――ついでに顔付きも悪い。いかにもおれたちゃ犯罪行為実行中と、体全体で表現しているような連中であった。
なお、このような事態になってから説明するのもなんだけど、清美は素早く、着衣をきちんと終わらせていた。
もちろん軽装鎧も。
とにかく次の瞬間だった。
ビュン ビュン ビュン ビュン ビュン ビュン ビュン ビュンと、最悪の予測どおり。何十本もの矢が雨あられのように放たれてきた。 (C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |