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『剣遊記 番外編W』

第三章 西方海上波高し。

     (3)

 徳力の頭のてっぺんに、大きめのタンコブがひとつ。

 

 これくらいの顛末で済んだ僥倖を、彼は一生神に感謝すべきであろう。

 

「あん船けぇ、問題の不審船っちゅうやつはぁ☠」

 

 でもって相棒の頭に大きなタンコブを献上した犯人(?)――清美は甲板の上に立ち、望遠鏡で遠方の海を眺めていた。なんだかうれしそうな笑みを、口の端に浮かべながらで。

 

 おっと、初めに特筆をしておかないといけないが、現在の清美はなんと、裸の上からバスタオル一枚を巻いただけの、実にあられもないお姿でいた。これは相棒――徳力が言うところの緊急事態に、服を着る手間を惜しんだ結果の所業であった。

 

 なにしろ島で徳力からモロに自分の裸を見られたあと、清美は相棒を島に置き去り。徳力が岩浜に近付けていた船に自分ひとりだけで先に戻り、それからバスタオルを体に巻くまで、相棒が戻ってくることを許さなかったからである。

 

「はい……そぎゃんっち思うとです☁」

 

 一方、思いもかけずに重大事態が発生。これにより意を決して禁忌を破り、島へと上陸した徳力は、いまだ半分涙目の顔。同時にちり紙を鼻に詰め、律儀な直立不動の姿勢で、清美の問いに応えていた。

 

 実際、島へは行かない約束を破らないといけないほどの、言わば突発的出来事だったのだ。そのため徳力自身、大いに迷い――さらに悩み、何度も島への上陸に二の足を踏む思いでもあった。しかしその言い訳が、清美に通じるはずもないだろう。

 

「あたいの裸以上に重大事態なんち、この世にいっちょんもなか!」

 

 けっきょく清美のこのひと言で、タンコブを頂戴――という結果になったわけ。

 

 それもまあ、この際棚上げ。早くも島での珍事――ついでに自分の現在の格好も忘れている清美であった。

 

「よっしゃあ♡ これで退屈っちゅうもんから、やっとこさ解放されるかもしれんばいねぇ☀ あのおちゃっか船っち、どうやらあたいらに気づいてないようばってん、こそっと近づいてみようかねぇ♐ なんか犯罪の臭いば、まうごつプンプンするけねぇ✍」

 

 結論を出すにはまだ早いはずだが、清美はすでに、やる気満々なご様子でいた。

 

「と、そん前にやねぇ☻」

 

 それでも一応は慎重な姿勢。うしろで控える徳力に振り返った。

 

「おい、念のため聞いとくばってん、あればもしかして、ここら辺ばさるく(熊本弁で『歩き回る』)しよう、五島の島巡りの観光船やなかろうねぇ☢」

 

「そ、それはぁ……違うっち思いますばい……☁」

 

 清美からの念押しに、やや自信に欠けるような微妙な面持ちで、徳力が頼りない記憶をまさぐった。

 

「……五島市の衛兵隊からもろうた船の予定表でも、今は観光シーズンから外れちょりますけん、その手の船は通らんことになっちょりますばい……それにぃ、仮にそうやとしても、観光局から事前に連絡があるはずですけ……伝書鳩ば使ってね✈ それよか清美さん、あん船ばどぎゃんします?」

 

「そうたいねぇ……✍✎」

 

 などと、これまた一応考える振りをして、清美は自分の下アゴに右手を当てた。しかし彼女の腹の中ではすでに、すべてが決定済みとなっていた。

 

「まあ、とにかくたい! 観光船でないとやったら、もうプンプンどころやなかろうも☆ かんなし(熊本弁で『考え無し』)でもあん船に、超特急で突入ばかけるったいね! そんでほんなこつ犯罪絡みの船やったら、それこそあたいらの大手柄っちゅうもんばい☆☆☀」

 

 初めて巡り会った、大暴れの絶好の口実――もとい、本来の仕事らしい仕事を前にして、清美は全身を流れる血液の暴走が、今や抑えられない心持ちであふれていた。そのために着衣の必要性が、完全に思慮の外となっているらしかった。

 

 そんな熱血状態の清美なものだから、いつの間にかバスタオルがはらりと落ちて、自分が甲板上で全裸仁王立ちスタイルとなっていても、まったく気がついていない有様。でもって気がついている徳力のほうが、そのまま大量鼻血による急性貧血で、見事にぶっ倒れる破目となったわけ。

 

 ほんとに今どき、珍しいやっちゃねぇ。


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