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『剣遊記 番外編W』

第三章 西方海上波高し。

     (2)

「あくしゃうつぅ! あん野郎ぉ、あたいの言いつけばひっきゃぶりゃ(熊本弁で『破る』)がってくさぁ♨」

 

 清美の頭から、約束破りの怒りによる湯気が立ち昇った。しかし声はすれど、本人はまだまだ、遠くのほうにいるようだ。それでも森の向こう側からだんだんと、こちらのほうへ近づいてくる状況は確実と言えた。

 

 清美は慌てて周辺をキョロキョロと見回し、なにか身を隠せる物を探そうとした。

 

「やべえばい☠」

 

 しかしあいにく、服もタオルも全部、船の甲板に置いてきたまま。実際徳力がここまで来るなど、まったくの想定外。清美は船に戻るまで、ずっと裸で通すつもりでいたのだから。

 

 されど徳力のほうは、なにかよほどの事情があっているらしかった。女戦士の現在の有様がわかっているはずなのに、構わずこちらへ走ってくる様子。

 

「清美さぁーーん! 一大事でぇーーっす!」

 

 実際清美自身が、そのような緊急事態の場合の超法規的措置を言っていたのだから。しかし状況としては、非常に大変にまずい事態であった。

 

「ちょ、ちょっと待たんねぇ! こっちにゃ来るなっち言うとったろうがぁ!」

 

 清美もお返しで、大声を戻した。とにかくこうなれば、大きめの葉っぱでもけっこう。樹木の中を、あれこれと物色した。

 

 まるで『創世記』のイヴのように。だけど、その努力の甲斐もなかった。

 

 ついに当の徳力が森をかき分け、清美の前に堂々と参上した。

 

 徳力がなぜにそこまであせっているのか。現時点の清美に、わかるはずもなかった。それはとにかく、全裸の女戦士と相棒であるドワーフの男戦士(どうでも良い描写だが、男のほうはもちろん着衣をしている)が、島の森の中で、バッタリと御対面したわけ。

 

「うわっぷ! き、清美さん!」

 

「ば、ば、ばっきゃろぉーーっ!」

 

 彼女が裸でいることは、とにかく初めっからわかっていた。それでも慌てて報告に走ってきた徳力の真意は棚に上げても、事態としては最悪だった。

 

「ぬ、ぬしゃあーーっ! とうとうあたいん裸ば覗きに来たってかぁーーっ!」

 

「そ、そぎゃんおめかんで! ち、違うとです! ボ、ボクはそのぉ……☠☢♋」

 

 このあとの展開は、各自のご想像にお任せいたします。


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