『剣遊記 番外編W』 第三章 西方海上波高し。 (10) 自分たちの漁船が海底に消える光景など、もはや振り返りもしなかった。清美と徳力のふたりは瞬く間にバタバタと、帆船の甲板まで駆け登った。これは戦場と言う地獄を嫌と言えるほどに味わってきた者だけが成せる、ひとつの神業ではないだろうか。
その上がった甲板上には、弓矢を構えている何人もの船員たちがいた。だが、この突然にも等しい清美の乱入に腰を抜かしたためであろうか、すでに矢を向ける余裕もない様子でいた。
「ひぃ、ひえええええっ! 来たぁーーっ!」
「嘘やろ! 船によじ登って来たんけぇーーっ!」
そんな彼らに向かって、女戦士が吠え立てた。
「ぬしらが今回のやられ役やっちなぁーーっ! 必殺のカミカゼ攻撃ば受けんねぇーーっ!」
「またですけぇ? こぎゃんこつ、いつもん定番ですばぁい☁」
やや冷めた感じである徳力のつぶやきも、今や馬の耳に念仏の状態。
「せからしかぁ! あたいはこれがばたぐるほど好きで、戦士に奉職しよんやけねぇ! あごばっか叩かんで、ぬしゃうしろに下がっちょれやぁーーっ!」
「はいはい☠」
けっきょく足手纏い――徳力を自分の背中にしてから、清美はスラッと、中型剣を鞘から引き抜いた。それからさらに、大きな雄叫びを上げて、居並ぶ船員どもに飛びかかった。
「ぬしらぁ往生せえやぁーーっ!」
「あぎゃああああああああっ!」
念のために今の絶叫は、敵方の悲鳴。でもって、たちまち始まる大乱戦!
ボカァっ! バコォっ! グシャっ! ――と、峰打ちを心得ている(?)清美の剣によって、何人もの屈強な男たちが骨を叩かれアゴにアッパーを喰らい、次々と海面に落とされる大惨状!
これを後方から、かなり覇気に欠けている傍観者の気分で眺めている徳力が、ひとりポツンと、他人事のようにして再びつぶやいていた。
「ボクの生涯に最大最高の大成功があったとしたら、それはあん人(清美さん)の敵にならんかったっちゅうことやろうねぇ……☻☻☻」 (C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |