『剣遊記 番外編W』 第四章 たったふたりの大海戦。 (1) 「大豊場様ぁ! 敵が船に攻め込んできましたばぁーーい!」
「ぬわにぃーーっ!」
船員からの報告を受けた密輸犯が驚愕のあまりか、ブリッジの天井に頭をぶつけんばかりの勢いで飛び上がった。
あと一センチ。
本来、船の中で一番のトップは、船長であるはず。しかし前述のとおり、誰もが彼をただの雇われ人――名ばかり船長だと認識をしているので、大事な報せはすべて、直接大豊場の元へ届けられるようになっていた。それを承知している大豊場が、すぐに船員に向けて問い返した。
「で、場所はどこんにきねぇ!」
この間当の船長は、大豊場の背中に隠れて、ただオロオロとしているだけ。そんな状況など一切構わず、船員が答えた。
「は、はい! せ、船尾のほうからです!」
大豊場が下アゴに右手を当てた。
「船尾けぇ……ではまだこんブリッジから離れちょうばいね♐ とにかくこがんなったら、船内で白兵戦たい! 用心棒どもば総がかりで応戦に行かせるったぁーーい!」
「は、はい! た、ただちに!」
こうして大豊場の命令一下、すぐに船員がブリッジから飛び出し、用心棒たちが集まっている前甲板に向けて走り出した。
その後ろ姿を見送ってから、麻薬密輸犯――大豊場が、ポツリとひと言。
「これでオレたちが逃げられる時間稼ぎになればええとやけどねぇ……世の中そがん夢ばし、甘もうないばいねぇ……☠」
ついでだが、船長にセリフはなかった。 (C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |