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『剣遊記W』

第一章  流れ着いた男たち。

     (9)

 槍の部が終了した試合場では、また別の場所でも歓声が上がっていた。

 

 同じ闘技場の一角で行なわれていた剣技の部門でも、やはりたった今、勝負が着いたところなのだ。

 

「そこまでぇ! 青組、荒生田選手の勝ちとするぅ!」

 

 基本に忠実である審判員の掛け声が、ここでも周囲に木霊した。未来亭に専属する孝治の先輩戦士――荒生田和志{あろうだ かずし}の優勝が、どうやら決まったようなのだ。今までまったくそれらしい場面はなかったのだが、当の本人が会場で右手Vサイン✌などをやらかしているので、たぶんそうなのであろう。

 

『ねえ! あっちで荒生田先輩も勝ったっちゃよ! これで未来亭が優勝独占やなか☆ ほんなこつ凄かっちゃねぇ♡』

 

 しばし槍の会場から離れ、剣技を見物していた涼子が、喜び勇んだ感じで孝治に報告。ところが孝治は、これにつれない返事を戻すだけの態度でいた。

 

「……あ、そうけ……♠」

 

 当然友美から、いつものお説教をちょうだいされる成り行きとなった。

 

「駄目っちゃよ♐ 孝治ったらぁ……そりゃ荒生田先輩にはいろいろ思うことがあるっちゃけど、ここはすなおに喜んであげたほうがええっち思うけね☀」

 

「ま、まあ……そうっちゃね……☁」

 

 それなりに真っ当な意見を言われると、孝治の意思は弱かった。友美の言葉どおり、孝治はすなおに、剣技の会場へと目線を変えた。

 

「よう! やっと全種目終わったようばいねぇ♡」

 

 そんなところに現われた者が、やはり未来亭の同僚女戦士――本城清美{ほんじょう きよみ}。彼女は自分のうしろにいつものとおり徳力良孝{とくりき よしたか}を、まるで子分のように引き連れていた。

 

 実際に子分なんだけど。

 

 しかも徳力はドワーフ{大地の妖精族}の戦士でありながら、完ぺきに清美の尻に敷かれている、実に可哀想な男であった。ところが対照的に清美のほうは、完全なる天狗{てんぐ}の面持ちでいるようだ。

 

 理由はすぐに、彼女自身が教えてくれた。

 

「今年もあたいら未来亭が全種目制覇ばいねぇ✌ 少しゃあ大会が荒れ模様にばたぐるわんと、見ちょうお客さんもおもろうないんやなかろっかねぇ♡♥」

 

「そげん言うたら清美さんも、女子剣技の部で優勝したとでしょ♡」

 

「そぎゃん言うたらこそばかけん、やめんかって☆」

 

 友美が自分の自慢を誉めてくれたので、清美の天狗っ鼻が、ますますもって増長した。

 

「まあ、あたいの優勝っち、大会前から決まっちょったようなもんやけどねぇ♡ よっしゃ、こぎゃんなったら女子格闘技部門で優勝したっちゅう畑三枝子{はた みえこ}っちゅうのと、異種格闘技戦で一戦交えてみよっかね☀☆」

 

「き、清美さん! そげな闘技はなかですよ!」

 

 このままほっておいたら、さらに増長しそうな女戦士――清美を、徳力が慌てて引き止めた。しかし清美は、かんらからからと笑って返すだけ。

 

「けっ! 冗談だよ冗談★ そぎゃんせからしかこと言わんでよかろうも☠ それよかトクんやつよう、今年も男子剣技で見事な予選落ちやけねぇ♥ 笑っちゃうけねぇほんなこつ、きゃはははははってね!」

 

「……ど、どうも……すまんこってす……☁☂」

 

 言葉どおりに清美から笑われ、徳力が赤い顔になって、ペコペコと頭を下げた。このとき孝治は、どういう理由か。この場からこっそり、黙って離れようとしていた。

 

『あら? 孝治ったら、どこ行きようと?』

 

「しっ!」

 

 その現場を涼子から見つけられ、孝治は慌てて右手人差し指を口元に立て、口止めしようとした。

 

だけどもこの行動は、完全なる藪蛇といえるだろう。おまけで、時すでに遅し。涼子の声は自分と友美以外には聞こえない設定だから、それこそ黙っていれば済んだはず。それなのについ声に出した『しっ!』を、地獄耳の清美から聞き付けられたらしい。すぐに大声をかけられる顛末となった。

 

「おっ、そうやった☀ 確か孝治も予選落ちやったばいねぇ☠ まあほんなこつ、初戦で消えたやつって良かばいねぇ★ 試合が終わったあとはふつうのお客さんばなって、あたいらば気楽に応援しよったらよかとやけ☠♡」

 

 遠慮や思いやりとはまったく無縁である清美の毒舌が、ますますの絶好調――いやいや暴走気味となっていく。

 

「ああっ! そんとおりっちゃよ!」

 

 ついに立腹した孝治。ここで開き直りの所業にでた。

 

「おれは負けました! 見事予選にて玉砕です!」

 

「でも、今年は仕方なかっちゃよ♐ だって初めての女子の部での出場やったんやけ☞」

 

「あんねぇ……☁」

 

 友美のフォローは、あまり孝治の助けになってはいなかった。その理由は、次の事情による。


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