『剣遊記W』 第一章 流れ着いた男たち。 (7) 帆柱と若園の両者は互いににらみ合ったまま、闘技場の中央をぐるりと周回し合うだけでいた。しかし流れている汗の量であれば、若園のほうが、ずっと多かった。
騎士の甲冑は、全金属製。対する帆柱は、使い慣れた革製の軽装鎧である。
実際こちらのほうが、身動きからして取りやすい――との言い分で、帆柱は愛着をしているとのこと。そのため後輩である孝治も先輩の考えに、大きく影響されていた。
「きぃえええええええーーっ!」
やがて長い緊張に耐えられなくなったのだろうか。若園のほうから先に、突撃を開始。槍の先端を、帆柱に向けて突きかざした。
闘技用の槍は、先端が危険のないように丸められていた。さらに革とゴムで二重に巻かれて、これで突いてもケガをしないように考慮もされていた。だがそれでも、胸部にまともにきつい一発を喰らえば、一時的に気絶するだけの衝撃を受けてしまうのだ。
ところが帆柱は、この突きをやすやすと、右にかわして受け流した。このような突発的場面でも、人馬一体の有利性を、見事に発揮したわけである。
若園も軍用馬とは、一心同体のつもりであろう。しかししょせんは、本当の意味での一体とは、本質が完全に異なっていた。
また帆柱も、相手に遠慮をする義理はなかった。ここは我が身の有利と特性を、とことんまで利用する腹積もりなのだ。
これに文句があるというなら、初めっから戦うべきではない。
「とぉあああああーーっ!」
若園が渾身のつもりか、かざしている槍を、一気に前へと押し出した。
狙いは明白。帆柱の胸部に突きを決めるという、最後の大勝負に出たのであろう。
しかし帆柱は、自分の槍を下から跳ね上げ、若園が突き出した槍の先端を、カキィィィィィィィンッと簡単に弾き飛ばした。
その槍が騎士の手から離れて場外までふっ飛び、地面に垂直のかたちで、ブスッと突き刺さった。
「そこまでぇ! 赤組帆柱選手の勝ちとするぅ!」
審判員の掛け声が場内に響き渡り、右手に持っている赤旗が、大きく振り回された。
これが実戦であれば、武器を失った敗者にトドメを刺す場面であろう。しかしこの場は、あくまでも模擬戦。一方が戦闘力を喪失したと思われた時点で、審判員が判定。勝敗を下す決まりとなっている。
とにかくこの瞬間、闘技場の歓声と興奮が最高潮まで盛り上がり、帆柱の槍技部門における優勝が確定した。
もちろん孝治を始め、大きな声援を送っていた未来亭応援団の喜びも、またひとしおなものだった。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |