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『剣遊記W』

第一章  流れ着いた男たち。

     (3)

 そんな因縁に満ちた者たちの思惑が渦巻く中である。闘技場に二番手の選手が登場した。

 

 一番手の騎士と同じく、馬での出場で。

 

 だがその容姿は、まるで異なるタイプとなっていた。くわしく説明を行なえば、人間の上半身に馬の胴体を合成させた、その姿。

 

 ケンタウロス{半馬人}の戦士、帆柱正晃{ほばしら まさあき}であった。

 

「帆柱先ぱぁーーい♡ ド根性見せちゃってやぁーーっ♡」

 

 観客席から見守る未来亭の後輩戦士――鞘ヶ谷孝治{さやがたに こうじ}も、尊敬する先輩の出場に、思いっきりにぎやかな声援を送ってやった。

 

 しかも応援団は、孝治だけではなかった。

 

「きゃあーーっ♡ 帆柱さぁーーん♡」

 

「今年も優勝してつかぁーさいよぉーーっ♡」

 

「負けたら承知せんにゃんけねぇーーっ♡」

 

 七条彩乃{しちじょう あやの}を始め、皿倉桂{さらくら けい}や夜宮朋子{よみや ともこ}など、未来亭給仕係の女の子たち。一同総出となって帆柱の応援に駆けつけ、観客席の一角を、完全に占領していた。

 

 従って、本日未来亭は臨時の休業。誰もいない店内では、給仕長である熊手尚之{くまで なおゆき}氏が、ひとり淋しく留守番中となっていた。

 

 なんだかとても可哀想な気もするが、これも中間管理職のつらい一面であろう。だからと言って、彼に同情する殊勝な者は、未来亭には存在しないのだ。

 

 なお、孝治の右隣りには魔術師である浅生友美{あそう ともみ}もいて、相手選手の解説を、熱心に努めていた。

 

「今から帆柱先輩と戦う人、わたし知っちょうばい♐ 確か京都市で『グリフォン・キラー』なんち呼ばれとう若園子爵って騎士やけ✍ わたしが聞いた話やと、京都での大会で毎年優勝しとるんやて✍」

 

 孝治も早速、友美の説明に聞き耳を立てた。

 

「そげな大モンが、なしてこげな地方の大会に出て来よんやろ?」

 

『大方、お金で呼ばれたんやないと✌』

 

 孝治の素朴な疑問に答えた声は、押しかけ幽霊である曽根涼子{そね りょうこ}。彼女は相も変わらず、孝治と友美だけにしか自分の姿(幽体)を披露せず(ちなみに友美と顔がウリふたつ✌)。例によって、なにも着ていない真っ裸の格好で、きょうもこの世を徘徊していた。

 

「そげん言うたら、あの若園って人、月曜亭からの出場やったばいね☞ やったら涼子の言うとおりかもしれんっちゃね★」

 

 友美もすぐに、大会の裏事情を思い出したらしかった。

 

「そう言うことけぇ……☹」

 

 孝治もその手の話は、耳に入れた記憶があった。

 

 この手の闘技大会では、貴族や大商人たちの面子や利権などが複雑にからみ合い、賭博すら非合法に行なわれている――という噂があった。そのため選手のスポンサーによっては、わざわざ遠方からでも一流の戦士や騎士を高い報酬で呼び集め、自分の専属として大会に参加。そこで優勝させて、大いなる名誉と莫大なる賞金の一石二鳥を狙う者が少なくないのだ。

 

「月曜亭の店長って、未来亭の黒崎店長ば目の敵にしちょるんで有名やけねぇ☠ 帆柱先輩、そげな因縁に巻き込まれて大丈夫やろっか?」

 

「大丈夫っちゃよ☆ そげん心配せんでもよかけ♡」

 

 不安な気持ちを表情に出している友美に、孝治は自信満々気な態度で応じてやった。友美の右肩を、ポンと軽く左手で叩いてあげながらで。

 

「おれは先輩と何回か護衛の仕事ばいっしょにしたっちゃけど、先輩ひとりで山賊団ば撃退したんを、この目で何度も見てきたと☆ やけん、あげな帝都の温室育ちの貴族なんち、でもなかっちゃけ☀」

 

『悪かったっちゃね! あたしかて生前は温室育ちの貴族令嬢なんやけね♨』

 

 孝治のある意味、他力本願的自慢話を耳に入れたらしい涼子が、わざとらしくほっぺたをプクッとふくらませた。だけど現在、気分がご機嫌良好中である孝治は、これに笑って応じられるだけの余裕があった。

 

「おっと、そりゃ悪かったっちゃね☺ 一応謝るっちゃけど、涼子もそげな自覚があるとやったらもっと令嬢らしゅう、お淑やかにしたほうがええっち思うとやけどねぇ☻」

 

『いーだ!』

 

「ふふっ♡」

 

 元貴族令嬢の面影全然皆無である涼子が、舌を出して孝治にお返し。それを友美が眺めて微笑んでいる間に、帆柱と若園の勝負が始まっていた。


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