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『剣遊記W』

第一章  流れ着いた男たち。

     (2)

 不景気とは言うものの、北九州市の野外闘技場では年に一度、市が主催する格闘技大会が開催中。そのため会場は、全体が異様なほどの熱気と興奮に包まれていた。そんな中、およそ四千人が収容可能な観客席には、市内でも指折りの宿屋兼酒屋であり、またギルドの元締めでもある未来亭の若主人――黒崎健二{くろさき けんじ}氏の姿もあった。

 

 彼は市の名士の中では最年少――であるにも関わらず(本当の年齢は不詳)、観客席最前列に配置をされている、貴賓席の一番豪華な椅子に鎮座をしていた。

 

また左右には市長を始め、市の大商人の面々が顔をそろえていた。しかし全員が全員、自分の年齢と比べて若造と言っても差し支えのないような黒崎に、なぜか気をつかっている感じがありあり。こちらから話しかけでもしない限り、まったく無言でいる黒崎の一挙手一投足に、かなりの神経をすり減らしている様子でいた。

 

ちなみに、まったく関係のない話。この有様を現在闘技場の前を通行中である沢見が見たら、大いに憤慨するに違いない。

 

「ガキんちょのくせにカッコつけんやないで! わいかて今に大商人{おおあきんど}の仲間入りや!」

 

 てな調子で。

 

「男子槍の部ぅ〜〜♪ 選手入場ぉ〜〜♪」

 

 ウグイス嬢の厳粛な美声が鳴り響き、観客席の大歓声が、一段と熱気を盛り上げた。それに応えて、一番手で闘技場に現われた選手。彼は軍用馬専用の鎧をまとわせた馬に跨る、甲冑の騎士であった。しかも全身白銀の金属製甲冑で身を包み、気取った仕草で貴賓席に向け、槍を握っている右手を振り上げた。

 

 これに応じた男が、黒崎の左隣りに席を取る、濃灰色の背広姿に青と白の縞模様をしたネクタイで決めている、初老の紳士。それがいかにも気障な仕草で軽く咳払いなどを行ない、横目で黒崎をにらんで、自慢ったらしく勝手に話を始め出した。

 

 緊張している周囲の名士たちの中において、彼だけが唯一の例外でもあったのだ。

 

「うおっほん! そちらもすでに御存知かと思いますけど、かの騎士は帝都京都市で『グリフォン(鷲頭獅子)・キラー』の異名を持つ若園{わかぞの}子爵ですけんなぁ☆ そのような御方がなぜ、北九州の大会に参加しているのかと申せば、今回わたくしが試合を盛り上げるために、わざわざ帝都から御来訪願ったわけですので、これはおもしろいことになるかもしれませんですぞ♥ これでおたく、未来亭の連覇もむずかしいことになりますなぁ☻☻」

 

 口調から察するに、紳士が黒崎に敵がい心を抱いていることは、明らかすぎであろう。それもそのはず、彼は商売上では黒崎が宿敵{ライバル}であり、市内では未来亭に次ぐ最大手の宿屋兼貿易商――月曜亭の主人、紅梅{こうばい}なのだ。

 

 対する黒崎は、紅梅の挑発とも取れる揺さぶりに、自身の看板である『冷静かつ沈着』の姿勢(自認はしていない)で応じていた。

 

「確かに試合は波乱があったほうがおもしろいと、誰もが言われますがや。しかし、それは我々を含めた外野の者が無責任に述べる野次のひとつであって、実際に戦う選手たちは命懸けなんですから。ここは静かに、彼らの正々堂々とした試合を見守ることにいたしましょう」

 

「…………☠」

 

 実年齢は、まったくわからない。だが、恐らく自分より三十歳以上は若いと思われる黒崎から、皮肉的かつ説教じみた言葉を返されたわけである。おまけに今や(北九州市全体で)有名となっている、インチキ名古屋弁までも奉納されたのだ。紅梅の顔が苦虫を最低でも、二百匹以上噛み潰したかのようにゆがんできた。

 

 この様子を見ている周りの名士たちも、必死に口を閉ざしながら、実はくすくすと含み笑いをしていた。中には明らかに、黒崎のインチキ名古屋弁を爆笑したい気持ちを必死に抑えている者も、存在しているのだけれど。

 

 無論、問題の中心人物である紅梅の腹の中は、臨界寸前までに煮えたぎっていた。

 

(こん若造がぁ♨♨ 今に吼えヅラかくんじゃなかぞぉ!)

 

 だけど、面と向かって返す根性はなし。内心で情けない愚痴を繰り返すだけだった。

 

 それも独自性のカケラもない、罵倒語ばかりで。


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