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『剣遊記W』

第一章  流れ着いた男たち。

     (1)

 潮風が吹きカモメが舞い踊る、ここ、北九州港小倉地区。

 

 多くの帆船や貨物船の往来などがにぎわうこの港で、出入りしている船舶を、ただひたすらに眺め続ける、ひとつの人影あり。

 

 くわえタバコを岸壁から波間にぺっと吐き捨て、ひとつの人影――流れ者風の男が、ひと言ポツリとつぶやいた。

 

「ほんま、シケた街やで☠」

 

 男の名は、沢見光一郎{さわみ こういちろう}。ここらで一発大当たりを狙い、いつの日か大商人を夢見る若者である――のだが、故郷の大阪市を旅立って、早や三年。いまだ本懐成就とはならず。流れ流れて西の果て。ここ北九州市までたどり着いたわけ。

 

 しかしあいにく、どこへ行っても状況は変わらない。それはともかく、沢見はなんだか、待ちくたびれているご様子。響灘から吹きすさぶ、冷たい北風が身に凍みる、港の岸壁で。

 

「遅いで……あのボケ……☠」

 

 どうやらまだ来ぬ相棒を、彼は待っているらしい。

 

「あのアホ、わいに風邪ひかす気かいな☠ ほんま商人{あきんど}が病んだらお終いやっちゅうこと、ちいともわかっとらへんで☂」

 

「あーーにきぃーーっ!」

 

 噂――ではなく、独り言を言えば、なんとやら。

 

「和秀っ! 遅いっちゅうねん! こんドアホっ!」

 

 沢見の相棒とやらが、ようやくご帰還のようである。しかし沢見の立腹は、全然収まっていない模様。

 

「おんどれ、足が八本もあるよってから、なんで亀よりトロいんや! ほんま、サソリやのうて亀と半分、体分けおうとりゃええんや!」

 

「兄貴ぃ、そりゃ殺生てなもんでんがな☠ おれが体半分サソリなんは、こりゃ生まれつきってもんなんですからぁ☟」

 

 兄貴――沢見に口答えを返す弟分の男――沖台和秀{おきだい かずひで}は、人間の上半身に巨大サソリ{ジャイアント・スコーピオン}の下半身を合成させた(そのため座高が、かなりに高め)体形の亜人間{デミ・ヒューマン}――いわゆるアンドロスコーピオン{半蠍人}なのである。

 

 ちなみに巨大サソリとは、人の足元をチョロチョロと這い回るような小さなサソリとは、まったく規模が大違い。人間がガップリと丸抱え――それこそ馬ほどの体格を誇る、サソリ一族の大親分なのだ。

 

 アンドロスコーピオンとは、そのような巨大なサソリと人間を合体させたような種族である。

 

 なお沖台の服装は、上半身だけがふつうの市井人風。しかし下半身がサソリなので、当然ズボンは穿いていない。またこれも当然であるが、靴も要らない。その代わりに八本の節足で歩いたり走ったり。おまけにしっぽの先端には、一人前に毒と針があったりする。

 

 つまりもしケンカの相手をするとなったら、なかなか侮れない種族とも言えるわけ。

 

「わいより長ごう、紹介に時間かけよってからにぃ☠ まあ、ええわ☹ それよりなんかええ、儲け話でもあったんかいな♐」

 

 再びくわえたタバコに火を点けながら、イラ立たしげな顔をして、沢見が沖台に市場偵察の成果を尋ねる。そんな兄貴分の足元には、タバコの吸い殻が、すでに何十本も散らばっていた。これは恐らくに相当長く、沖台の帰りを待ちわびていたからであろう。だけど肝心かなめの弟分のほうは、腹が立つほどにケロッとした顔付きのまま。

 

「まっ、そう話を急かさんでくださいよ♠ 『慌てる商人はもらいが少ない😭』っていつも言うとんのは、兄貴のほうやないですか♪」

 

「やかーーしぃーーわい! 世の中にゃ例外や場合っちゅうもんが仰山あんのや♨ それより早よ、見てきたこと報告せんかい!」

 

「す、すんまへん☂」

 

 大阪を始め、関西地方の訛りは声を張り上げると、迫力が異様に倍化する例が多い。そのため沖台は、それこそ亀のように首を引っ込める有様。こりゃ兄貴がほんま怒らんうちにと、話をさっさと本題へ進めた。

 

「と、とにかくこれが、ダメダメでんねん☂ ここの町も今は不景気やさかい、商売の根を下ろそうにも、まるでええ話がおまへんで☃ 広場で屋台開こうにも、商業ギルド{組合}がやかましいですさかいに☂」

 

「なんや、つまらへん☠」

 

 商売の期待こそ外れたものの、とりあえずありのままの報告さえあれば、沢見としてはそれでけっこう。商人にとって一番必要な件は的確な情報と状況判断力であって、あやふやな言い回しが、最も忌{い}むべき大敵なのだ。

 

「ほな、次の町にでも行こっか✈ 不景気の町に用はあらへんさかいな✇」

 

 沢見は後ろ髪を感じる気などさらさらなく、北九州の街をあとにするつもりでいた。そこへまた弟分の沖台が、今度は少々情けない感じの声をかけた。

 

「兄貴ぃ☆ 次の町に行く前に、どっかでメシ食って行きまへんか? おれだけ朝から仕事探しで、もう腹ペコなんですからぁ……☹」

 

「難儀なやっちゃなぁ☻」

 

 面倒臭そうに立ち止まって振り返った沢見の目線は、このとき弟分のしっぽの先端に向いていた。

 

 もちろんこれには、沖台も気づき済み。無意識的に『ああ、またかいな☻』の表情を、露骨に顔面に浮かべていた。

 

「あんまし元手があらへんさかい、またおんどれのしっぽの毒、ちぃっとばかし、そこら辺の魔術師に売らなあかへんなぁ☛」

 

 やはり想像どおりであった沢見のセリフで、沖台が深いため息を吐いた。

 

「またでっかぁ? この前もバケツ一杯売ったばっかしで、まだそんなに毒が元どおりになっとらんですよ☂ それやったらおれのばっかり売ってないで、たまには兄貴が自分の血を献血で売ったらどないです?」

 

 無論、沢見のカミナリが、これにて爆発の展開。

 

「アホぬかせ! おんどれの毒が今んところ、わいらの唯一の収入源なんや! ガタガタ言うとらんで、さっさとわいについて来んかい!」

 

「へいへい☁」

 

「返事は一回でええんや!」

 

 兄貴の一喝で一瞬首をすくめたあと、沖台が八本の節足をガチャガチャと鳴らす。これが沖台の、渋々の思い。ついでに向かう先は、たった今まで自分がうろついていた、北九州の市内であった。

 

 また、確かにサソリの毒は魔術師や医者が大変有り難がって、かなりの高値で購入をしてくれた。だがそれを良い儲け話として、いったい今まで、どれだけなけなしの体液を搾{しぼ}り取られてきたものやら――沢見を一生の兄貴分と決めて、旅を伴にして以来。

 

 アンドロスコーピオンにとって毒の抽出は、体力の大きな損耗なのだ。

 

「あっ、そや☀ 兄貴!」

 

 港から街へと向かう道すがら、沖台はふと思いついて、再度沢見に話しかけた。

 

「なんやねん?」

 

 沖台の前を歩く沢見が、これにも面倒臭そうに振り返る。

 

「実はこの町の闘技場{コロッセウム}で、きょう格闘技の大会やってんですけど、話のタネに寄って行きまへん? どうせ急ぐことはなんもあらへんのですから☆」

 

「アホたれ!」

 

 能天気な弟分の誘いを、今度も沢見は間髪入れずに一蹴した。

 

「そないなお足もないさかい、今からおんどれの毒の買い手を捜すんやないかい! ぐだぐだ言ってへんで、早いとこ病院でも見つけんかい!」

 

「へいへい☹」

 

「そやさかい、返事は一回でええっち言うとるやないかい!」

 

(兄貴はほんま、商売以外なんも興味あらへんからなぁ……♠♣)

 

 たった今思った愚痴を、顔にも口にも出さないよう気を付けつつ、沖台が早足で先行する沢見のあとを追った。

 

 ガチャガチャとやかましい音を立てながらで。

 

 こんなふたりが進む道の先には北九州の市街が広がり、話に出た闘技場も、まだ遠くだが目の前にそびえていた。


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