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『剣遊記W』

第一章  流れ着いた男たち。

     (13)

 そんな後輩の苦悩(?)など、完全にアウト・オブ・眼中。荒生田が帆柱を誘っていた。

 

「どげんや、正晃☀ ひさしぶりにオレと飲まんね⛵」

 

「おっ、よかっちゃねぇ☆」

 

 女の子たちからもらった花束を、右手で大事そうに持っている帆柱であった。ところがこれが意外にも、軽い感じで荒生田にうなずきを返していた。

 

 すぐに朋子を始め、給仕係たちから「え〜〜っ!」の声が上がった。

 

「いやにゃあ〜〜! 帆柱さぁん、お店に帰って、みんなで祝うにゃんよぉ〜〜☂」

 

 実をいうと彼女たちも、格闘技大会が始まるずっと前から、とっくに祝勝会の準備を済ませていたりする。

 

 まさに男性陣に勝るとも劣らぬ、事前準備の手際良さであろう。それなのに当の主役である帆柱から、事実上の欠席のお言葉。給仕係一同、一斉にシュンとうな垂れた。

 

 帆柱がそんな彼女たちに向かって、右手を前に出して立て、『すまん!』の仕草を取った。

 

「悪い! でもきょうは男と男同士の付き合いがしたい気分なんよ☺ やけん未来亭での祝勝会は今度店長の主催でやってくれることになっとうけ、そんときにまたな☎」

 

 それから急いで、先行している荒生田のあとを、四本の馬脚で追っていった。

 

 涼子がそんな男たちふたりの背中を見つめながら、しみじみとつぶやいた。

 

『あたし、意外に思うっちゃけど……帆柱先輩と荒生田先輩って、あげん仲が良かったと?』

 

 孝治もふたりの先輩のうしろ姿を眺めながら、同じしみじみとした思いで、涼子の問いに答えてやった。

 

「ああ、帆柱先輩と荒生田先輩は同期のせいかどうかわからんとやけど、昔っから妙に馬が合{お}うとうっちゃねぇ……性格はまるで正反対なんやけど☻」

 

『ほんとに馬やけね☺』

 

 涼子のつまらない駄洒落には、孝治はこの際知らんぷり。ついでに裕志と由香は、けっきょく先輩のお伴となっていた。

 

 ここで話が急展開。

 

「そんじゃトク、あたいらも優勝祝いに飲みに行くったい✈ 孝治もどげんやぁ!」

 

 珍しくも清美から、お酒のお誘い。しかし孝治は、あからさまに迷惑の心境となった。

 

「うわっち! 一難去ってまた一難けぇ!」

 

 実は孝治は、荒生田からの誘いを恐れて、わざと先輩戦士から距離を置いていたのだ。

 

 しかし幸いというか不思議な話。きょうに限ってであろうが、声をかけられずに済んでいた。本日荒生田の三白眼は帆柱と裕志に向いており、幸運にも孝治の存在を忘れているらしいのだ。

 

 どうせ無理矢理連れて行かれたところで、変態野郎のお守りを強要されるだけ。酒に酔ったふりをして、孝治の胸やら尻へのさわりまくりが、今からはっきりと目に見えていた。

 

 そのような災難を免{まぬが}れて、やれやれと思っていた。するとまた、新たなる災厄の到来である。当然孝治のあからさまな非友好的態度に、清美が激しく喰ってかかった。

 

「あんねえ! それじゃまるで、あたいらと飲みたくなかっち言うとるみたいやなかねぇ!♨」

 

「い、いや……そげんつもりやなかっちゃけどぉ……☠」

 

 孝治は慌てて、頭を横に振りまくった。これは誰もが知っている話。清美の酒癖の悪さは、荒生田以上といえるのだ。しかももともと、シラフのときでさえ危ない性格。これにアルコールの力が加わるわけである。

 

「やったらいっしょに来んけえ! そげん遠慮せんでよかばってん!」

 

「うわっち! 痛たたたたたっ! こらぁ! そげん耳ば引っ張んなぁ!」

 

 けっきょく嫌がる孝治の右耳を強引につまんで、清美が闘技場をあとにした。おまけで徳力も引き連れて。

 

「清美さぁーーん! 待ってくださぁーーい!」

 

 このあと残った給仕係たちも、リーダーである由香がいないので、代わりに彩乃が締めを行なっていた。

 

「まあ、しょーがなかやねぇ⛅ みーんなのうなってしもうたし……きょうはこれでお開きばいね⛖」

 

「そうっちゃねぇ……⛑」

 

 登志子が真っ先に、これにうなずいた。理由は単純明快だった。

 

「もうおなかペコペコやけ⚠」

 

 この一方で、涼子は彼女なりに、孝治の行く末を案じていた。

 

『ねえ、孝治はあれでよかっちゃろっか?』

 

 しかし友美は、これもいつもの恒例と言わんばかり。澄ました感じの顔でいた。

 

「まあ……大丈夫っち思わんけど☢ やっぱお酒が入った清美さんのお守りで、孝治も良孝さんも自分が酔うどころの話じゃなかっち思うけねぇ☠ 今夜も生傷が絶えんっち思うばい⚠」

 

 実際孝治にとって、荒生田と清美の、いったいどちらと付き合うべきであったのか。これは非常に解答がむずかしい問題であろう。

 

 ただこの日に限って答えれば、荒生田先輩に付き合わなかった報いが、のちの災難の幕開けになろうとは。神ならぬふつうの人――孝治にわかろうはずもなかった。


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