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『剣遊記W』

第二章 究極の焼き肉。

     (1)

 北九州市内でも最大手の焼き肉専門店『雷龍軒{らいりゅうけん}』は、きょうもきょうとて、多くの酒飲み客たちでにぎわっていた。

 

 中でも特に、奥の個室を貸し切りにしている一団は、にぎやかさの度合いが、他の客とは段違い。しかも現在、盛り上がりの頂点を迎えている様子でもあった。

 

 言わずと知れた、荒生田様たち御一行である。

 

「裕志ぃーーっ! 到津ぅーーっ! 厨房行って、もっと冷えたビールばもらって来ぉーーい!」

 

「あっ! はいはいはい!」

 

「ちょと待つだわね✋ で、何本もらえばいいあるか?」

 

「厨房にある分、全部やけねぇーーっ!」

 

 すでに酔いが回りきって、完全に出来上がりの状態。サングラスの奥で光る三白眼が完ぺきに据わっている荒生田が、裕志と到津のふたりを奴隷のように、コキ使いまくり。個室と厨房の間を、何十回も行ったり来たりさせていた。

 

 店内で一番広い個室は、先発で来ていた到津を筆頭に、荒生田、裕志、帆柱(下半身が馬である体形上、四本の馬脚を無理に曲げて座敷に上がっている)。さらに由香が唯一の女の子として、宴会に参加をしていた。

 

 おっと、これは間違い。

 

「あん♡ わたしも飲みたかぁ〜♡」

 

「あたしぃ、ジュースがよかっちゃよぉ〜〜♡」

 

「私はミカ〜ン♡」

 

 荒生田が闘技場から焼き肉屋に到るまでの間、何人もの行きずりの女の子たちに、無差別でナンパの声をかけまくり。結果、見事に引っ掛かってくれた三名分。予定外の増員で、個室は満席の状態となっていた。またその分、裕志と到津の苦労が上積みされた話の展開は、今さら描写するまでもないだろう。

 

「まあまあ、きょうは格闘技大会での優勝祝いやけ、今夜は無礼講で乾杯ったいね☆」

 

 後輩たちの重労働を見かねた帆柱が、ここでビールの入ったコップを、右手で持ち上げた。しかし部屋がせまくなっている原因の一端は、帆柱にも責任があると言えるだろう。なにしろ体格がデカすぎる有様だから。

 

 その辺の事情は一応棚に上げ、一同声をそろえての合唱。

 

「乾ぱぁーーい!」

 

 とにかく酒宴の盛り上がり。だけども酒飲みの名目は、あってないようなもの。すぐに話題は大会での優勝祝いから、かなり離れた内容となっていた。

 

「へぇ〜〜、ここにおる人、みんな戦士っとかやっちょる強か人なんやねぇ〜〜✌ わたしそげんとにすっごう憧れとるっちゃねぇ〜♡」

 

 街中でナンパした、背中に丸い蝶の羽根を広げたフェアリー妖精}の女の子からおだてられ、これで荒生田が天狗にならないわけがない。

 

「ぬははははははっ☀ なんのなんの☆ このオレかて全国ば股にかけて、早や数十年☝ 倒した怪物数知れず✌ 手にした財宝も金貨百数十億万枚は下らんけねぇ✌ がははははっ☆☆☆」

 

「きゃっ♡ 凄かぁ♡」

 

「あたしも金貨ほしい♡」

 

 三人の女の子たちが、荒生田の冒険話――嘘はバレバレ――で盛り上がる。その横では由香が冷めた気持ちで、宴{うたげ}の席を眺めていた。

 

「大ボラ吹きもあそこまで行ったら、これはこれで表彰状もんばいねぇ……まっ、いつもんことやけどね☻」

 

 もちろん由香とて、お酒をすでに三杯以上もご賞味済み。自分でもわかっているのだが、気分がほんわかとなっていた。

 

 その由香が守るつもりでいる裕志は、荒生田からコキ使われるだけコキ使われて、今やヘトヘトの有様。大の字となって、座敷の畳{たたみ}の上に伸びていた。

 

 それでも現在、荒生田に充分なお酒が用意され、また女の子たちからチヤホヤされている真っ最中。だから今の間だけ、なんとかひと休みができそうであった。

 

 しかし、お酒が切れたら最後、再び接待係としての激務が、裕志を待っているのだ。


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