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『剣遊記15』

第三章 無人島、バカンス三昧{ざんまい}!

     (1)

 小倉港を出港。大型帆船――ラブラドール・レトリーバー号は、来訪したときに通過した関門海峡を航行せず、反対方面である北西の方角、響灘{ひびきなだ}から玄海灘{げんかいなだ}。さらに九州の西海岸を南下する航路で東シナ海に入り、太平洋への遠洋航海へと直行した。

 

 この間、日数にして約一週間。風が頼りの帆船の速度としては、例外的に速いスピードではなかろうか。

 

「見てみい☞ あの海ん中から山がいっぱい突き出とうように見える島っち、きっと屋久島{やくしま}ばいねぇ✍」

 

 孝治は帆船の右舷側に立って、遥か彼方にぼんやりと見える島影を、感情が高ぶる思いになりつつ右手で指差した。その人差し指の先には、まるで海からそびえ立つピラミッドのような、三角形に見える島が浮かんでいた。

 

「やとしたら、反対側に見える平べったい島は、種子島{たねがしま}なんやろうねぇ✎」

 

 孝治の右隣りにいる友美が、左舷側に見える島影に振り返っていた。この場は帆船の甲板後部なので、船橋などの建造物がなく、船の両側がよく見渡せる絶好の場所だった。

 

『てことは、このラブラドール・レトリーバー号……略してらぶちゃんは、屋久島と種子島の真ん中ば、今んとこ通りようっちことやねぇ

 

 涼子も左舷の手すりから身(幽体)を乗り出し、友美と同じようにして、キョロキョロと前後左右を見回していた。

 

『あたしって、船のスピードんこつはようわからんちゃけど、このらぶちゃん……っちゅうか、ラブラドール・レトリーバー号っち、速い船なんか遅い船なんか、いったいどっちなんやろっかねぇ?』

 

「う〜ん、むずかしい質問ちゃねぇ

 

 今やふつうにビキニスタイルでいる孝治は、両腕を組んで頭を右にひねった。ついでに涼子は、『らぶちゃん』なる呼称の仕方に、いくらかの照れを感じているようだ。

 

 それはまあ置いて、孝治は答えた。

 

「おれかて船のスピードの相場なんちよう知らんけ、まあこん船はとにかく特別製らしいっちゃけ、けっこう速いほうとちゃうんやろっかねぇ? ねえ、友美✐」

 

「そうやねぇ……?」

 

 孝治から話を振られた友美も、けっきょく同じようにして頭をひねっていた。

 

「それはわたしもようわからんちゃよ✄ でもたった一週間で北九州から屋久島の近くまで来たっちゃけ、やっぱ速いんやない? おまけにマストに張ってある帆も自分で風の流れば読んで、自動的に船の向きば変えよんやもんねぇ✍」

 

「確かにそうっちゃねぇ✐」

 

 孝治も上を見上げ、それからコクリとうなずいた。戦士としての職業柄、孝治は遠征での船旅は、けっこう多く経験していた。その際船員たちが総出でロープなどを使って帆の向きを変え、船の進路を操作している現場を、よく見たものであった。

 

 このとき孝治たちは一応乗客扱いなので、その重労働を見学の身分でいられた。だけど身分うんぬんはともかくとして、端で見ていてとても『大変』のひと言で片付けられるような、簡単な作業ではなかったはずだ。だが、このらぶちゃん――ラブラドール・レトリーバー号はひとりも乗員がいないのに、自分自身の意思(としか思えない行動)で帆の向きを自由自在に変更し、船をここまで――太平洋の入り口まで航行させていた。

 

「それば考えたら、ほんなこつ凄い魔術力ばい♋ 友美もこげなん知っとった?」

 

「ううん☹」

 

 孝治の問いに、友美は頭を横に振ってくれた。

 

「確かに道具ば自由自在に扱える魔術はあるっちゃけど、ここまで高度に船ば動かして、しかもそれば持続させるなんち、わたしもまだ聞いたことなかっちゃねぇ わたしよか上等なはずの美奈子さんがいっちゃん驚いとったけ、たぶん新開発の魔術の技術やね✍

 

「なるほどやねぇ

 

『ほんなこつ、最近の魔術の進歩は凄かねぇ♋』

 

 孝治は再びうなずいた。それは涼子も同様の感じ。ここで一応、大型帆船に関する話題は中断と相成った。

 

「孝治さぁーーん! 友美さぁーーん! 美奈子さんが呼んじょるばいよぉ!」

 

 後部甲板にいるふたり(孝治と友美)に、ブリッジのほうから秋恵が大きな声をかけてきたからだ。まあ涼子もいることを知らないのは、もう言わなくても良い話か。


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