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『剣遊記11』

第七章 グリフォンは野生に戻ったか?

     (9)

「その『見境なし』が、もうすぐまた帰ってくるっちゃね☠ おれも早いとこ、次の仕事ばもらわんといけんばい✈」

 

 ここで孝治は、自分自身の問題に立ち返った。そのとき必ず起こる、恒例であった。店の厨房のほうからドシャンッ ガラガラガラッと、けたたましい破壊音が鳴り響いた。

 

「うわっち! こ、今度はなんねぇ!」

 

 こげんなったらなんでも来んね! もはや半分ヤケクソ気分で、孝治は厨房に足を向けた。するとそれよりも早く、友美と涼子。さらに今回も臨時雇いで給仕係を勤めている浩子が、厨房の中から飛び出した。

 

「大変ちゃよ! 孝治っ!」

 

 友美が店内の酒場に立つ孝治を見つけるなり、破壊音の元凶を早口でまくし立ててくれた。

 

「泰子さんと由香ちゃんが、またケンカばおっ始めちゃったとよぉ! なんか休戦協定は終わりなんち言うてからぁ! それで今みんなで止めようっちしたっちゃけど、もう大騒ぎになってくさぁ!」

 

「うわっち! 今度はまたあのふたりけぇ!」

 

 孝治もこれには仰天した。シルフの泰子とウンディーネの由香は、初対面のときからお互いに反りが合わず、派手な抗争を繰り広げた過去がある話は、未来亭の全員が知っていた。そのあと、うやむやに等しい和解をして、今回も早めに手打ち式(?)を行なっていた――と、孝治も聞いていたはずだった。

 

 それが今になって、再燃でもしたのだろうか。

 

『で、原因はまた、精霊同士のお互いの自慢話が衝突しちゃってね★』

 

「もう言わんでよか! どうせなんの解決にもならんちゃけぇ!」

 

 野次馬的におもしろおかしく言ってくれる涼子の口を、孝治はこれまたヤケクソ気味に、両手でふさいでやった――とは言っても、なんの感触もない幽霊相手である。この仕草はまたもや、孝治のひとり芝居のように見えているだろう。

 

「この人、あじしたぁ?」

 

 涼子の存在を知らないままの浩子が、不思議そうな瞳を孝治に向けていた。そんなハーピーの疑問には答えず、友美が叫んだ。涼子の存在をごまかす意味もあって。

 

「と、とにかく今は、店からの一時避難ちゃよ!」

 

 孝治も尻馬に乗った。

 

「そ、そうっちゃ! どうせみんなこん騒ぎばおもしろがっとんやけ、おれたちが行ったって、なんの解決にもならんけね!」

 

『そうっちゃよねぇ☀ 彩乃っとか登志子なんかも、喜んで囃してばっかやったけねぇ♥』

 

 ここでまた涼子が、おもしろがって自分自身が囃し立て。そのうしろでは友美が、浩子相手にささやいていた。

 

「由香ちゃん……裕志さんがもうすぐ帰ってくるけ、やっと元気ば取り戻したんかもね✍ わたしたちが旅に出る前は裕志さんがおらんかったけ、泰子さんと会{お}うてもおとなしゅうしとったとに……それで休戦協定も破棄っちゃろっか? でも、わたしたちが逃げたあとって、あんふたりは大丈夫なんやろっか?」

 

「ま、まあ、あんがあてこともねーよ✌ あの精霊ふたりが大ケガでないびーびーなんて、ほんこん有り得んことだと、あんでんねー思うわ✄」

 

「んなこつ分析しちょう場合やなかぁ!」

 

 やや心配気味である友美と、これまたやや楽天気味な浩子の、それぞれ右手と左の翼をつかんでからだった。孝治は猛ダッシュで店から飛び出した。この四人(涼子含む)の避難先は、未来亭の向かいにある喫茶店。先客として、沙織と静香が訪問済みの店でもあった。

 

「おれはまあ……ケーキのヤケ食いなんかせんとやけど、店ん中が静かになるまで、コーヒー何杯飲んだらよかっちゃろうかねぇ……☁」

 

 などとつまらない独り言をつぶやきながら、孝治は通りに出ようとした。

 

 そんな女戦士の眼前だった。そこに突き出ていたモノは、大きくて黄色い鳥のくちばし!

 

「うわっち! な、なんこれぇ!」

 

 それがなにかを確かめる暇もなし。くちばしが大きく上下にカパッと開き、真っ赤な舌が孝治の顔を、ベロベロベロォッと舐めまくってくれた。


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