『剣遊記11』 第七章 グリフォンは野生に戻ったか? (8) 「あ〜〜ん☂ 進一さぁが、またあたしふてて逃げただにぃ☃」
そこへ沙織ひとりで大変な事態になっているというときに、階段の上のほうから、明らかに事情を共有するような女性の嘆きが響いてきた。
「うわっち! あっちもやねぇ☠」
孝治にはそれがなにを意味することなのか、すでにわかっていた。もはや未来亭の名物のひとつにもなっている、もうひと組の男女の追い駆け合いと言えば――もうあのふたりしかいなかった。
「静香ぁ! また魚町先輩から逃げられたんけぇ?」
すぐに当の未来亭住み込みであるバードマン{有翼人}の戦士――石峰静香{いしみね しずか}が、背中の白い羽根をバタつかせて孝治に応えた。
「そうだんべぇ☂ 進一さぁったらぁ、あたしが寝てる深夜のうちに、みっとがなくもこっそりなっから遠くさに旅に出たんだべぇ☃ こんなびしょったいこと、まあず許せると思うけぇ☠♨」
「うわっち! ぐええっ! わ、わがっだ! わがっだげん、おでの首絞めんでやぁ!」
孝治はようやく、沙織の首絞めから解放されたばかりであった。すると今度は、静香が孝治にバサアッと一気に迫り、ついでに首を両手で絞め上げてくれた。
これは先ほどまでの沙織と、まったく同じ話の展開であった。
ちなみに静香が言うところの『進一』とは、これまた帆柱の同期であり、孝治の先輩戦士――魚町進一{うおまち しんいち}である。ただし戦士のくせして超内気なので、対照的に超積極的性格許嫁である静香から、終始逃げ回ってばかりいるのだ。
こんな調子であるものだから、当然静香の泣き顔は、沙織の瞳にも写ったようだ。
「まあ、あなたも彼氏に黙って行かれてしまったの? それってわたしとおんなじだわ☀」
翼の女戦士が気を高ぶらせ、孝治を攻めている最中だった。その攻勢中である静香に対し、沙織がうしろから仲間を求めるかのようにして、声をかけてきた。
「えっ? もすかすて、あんたもかい?」
まさに類は友を呼ぶ。沙織と静香は、お互いきょうが初めて同士。それなのにこの時点において、彼女たちふたりはたちまちのうち、意気投合を果たしたようである。
「わたし、桃園沙織ってんだけど、わたしもたった今、愛する帆柱さんから置いてけぼりにされたばかりなの☁ だからなんだかあなたの気持ち、とってもよくわかるような気がするのよ☆」
「まあずかい! あたし、石峰静香♡ なあ、もしあたしをおやげないって思ってくれるべなら、前の喫茶店でケーキのヤケ食いするだがねぇ☠ お互いぶちゃった男衆に怒りさ、ぶち撒けながらだにぃ☢ ついでにおこんじょな男衆に、勘定回してだにぃ♐」
「あっ♡ それっていいわねぇ♡ わたしとことん付き合っちゃう♥」
「うわっち! お、おい☁ おまえらほんなこつ、それでええとや?」
「いいのよ♡」
「あとはよろしゅうだんべぇ♡」
なんだか心配になってきた孝治を振り切って、沙織と静香のふたりが肩を並べ、仲良く外出と相成った。あとに残った孝治の背中を、建物内にも関わらず、一陣の風がピュ〜〜ッと吹き抜けていった。
「まっ、えっか☆ これは先輩たちの自業自得なんやけ☢ 帰ったらすぐたまげた結果になるっちゃねぇ、実際☠」
ひとりポツネンと取り残され、孝治は深いため息を吐いた。そのついで、おれの先輩ってなしてそろいもそろって、こげな問題児ばっかしなんやろうねぇ――と、孝治は自分を棚に上げて嘆いたりもした。
孝治の頭に浮かぶ三人の先輩たち。その内のふたりは、自分を好きになってくれた女性から逃げ回り、またその内のひとりは真逆で、女性であれば元男性の孝治でも見境なし――と言った感じで。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |