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『剣遊記11』

第七章 グリフォンは野生に戻ったか?

     (7)

「帆柱さんがいないみたいなんだけどぉ……どこ行ったか知らない?」

 

「うわっち!」

 

 帰店翌日の早朝、自分の部屋から一階の酒場に下りた孝治は、開店準備中の慌ただしい店内で出会い頭、いきなり沙織から問い詰められた。しかも彼女の瞳には、思いっきりのくやしさがにじんでいるようにも見えていた。

 

 これには一瞬度肝を抜かれたものの、孝治は自分が知っていることを、この際すなおに教えてあげた。

 

 一応秘密厳守を言われていたのだが、今ならもうしゃべってもいいやろうと――勝手に判断をして。

 

「……せ、先輩やったら今朝早よう、陽{ひ}が昇る前に次の仕事の行ったっちゃよ✈ 今度はおれにお呼ばれはなかったちゃけどね✄ 先輩はとにかく、護衛仕事の依頼と予約がいっぱいあるもんやけねぇ……☁」

 

「そ、そんなぁ! わたしに黙って行っちゃうなんてぇ!」

 

 自分が置き去りにされたことを知り、沙織が両手を前に出して、孝治の首につかみかかった。

 

「うわっち! ぐええっ! ぐ、ぐるじかぁーーっ!」

 

 なお、首を絞められながらも、孝治の頭の中では先輩帆柱に対する愚痴が続いていた。

 

(先輩も罪なことしちゃったもんちゃねぇ〜〜☠ まあ、確かに沙織さんから完ぺきに惚れられちゃって、すっかり参っとったとやけどねぇ……☁)

 

 帆柱は同期である某先輩とはまったく違って、武勇ひと筋に生きてきた男である。それがいきなり、女性から一途に惚れられて、正直面喰らっているのだろう。

 

 きょうまで頑固一徹石頭で通してきたので、もしかすると色恋沙汰に対する免疫性が、全然皆無だったりして。

 

(まっ、たまにゃあ先輩にゃええ薬かもしれんちゃねぇ★ 今度帰ってくるときにゃ、少しは頭がやわらこうなっとうかも

 

 とにかく帆柱に本物の彼女ができたこと自体は、これはこれで大いにめでたい話である。できればこの先、これが理由で厳しい修練が多少なりとも減少してくれたら、孝治にとってもめでたい話になるのだけれど。

 

 そんな自分勝手な期待に、孝治は(今も首を絞められながら)胸をふくらませていた(体とは別の意味で)。

 

 この間にも沙織は嘆き続けていた。

 

「帆柱さぁーーん! 絶対わたしのモノにするからねぇーーっ!」

 

「ええ加減、首ば離じでやぁーーっ!」


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