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『剣遊記11』

第七章 グリフォンは野生に戻ったか?

     (5)

 帰りの道中も、みんなが予想していたとおりだった。帆柱相手に沙織がベタベタ三昧。それこそ周囲には孝治を始め、友美に涼子(いい加減しつこいが、彼女だけはまだ誰からも認知されていない)に泰子に浩子。それに折尾も加え、総勢六人(幽霊含む)もいるのに、沙織にとってはまるで、アウト・オブ・眼中になっていた。

 

「沙織さん……もう少し離れていただけませんか? どうも歩きづらいとですけどぉ……☁」

 

「ああん☹ そんなツレないこと言わないでぇ☂ 帆柱さぁ〜〜ん♡ 帰ったらわたしたちのこと、健二お兄様に報告しましょうよぉ〜〜☀」

 

 四脚のケンタウロスにとって、足元でウロチョロされる行為は、甚だもって迷惑ものであろう。それを知ってか知らずか――たぶん知らないと思う。沙織はベッタリと帆柱の馬体にすり寄り、片時も離れようとはしなかった。

 

「参ったっちゃねぇ〜〜☁☺」

 

 帆柱は自他ともに認める硬派である。しかも同時に、徹底した女性擁護主義者――いわゆるフェミニストでもあるのだ。後輩である孝治にも影響を与えた自分自身の信念に縛られ、ケンタウロスの戦士は自分に惚れきっている女性を邪険にするなど、絶対にできない相談。心底から弱りきっていた。

 

「先輩もドエラかこつなったもんちゃねぇ★ まっ、こっちは見とって愉快っちゃけどね♪」

 

 孝治はそんな帆柱の災難を、完全に面白半分――いや面白全部の気持ちで、隊の後方からノンビリと眺めていた。

 

「もうなんべんも言うたっち思うっちゃけど、極めつけの男の中の男やった先輩が、ついに年貢の納めどきっちゅうとこやろっか♥ 帰ったらこんまんま、結婚っちゅうことになったりしてね♡」

 

「まあ、沙織やったらやなさってでも、そんただことになるかもしんねえだなぁ♐♡」

 

 なぜか泰子も、孝治に同調してくれた。これは親友だからこそ言える、泰子なりの沙織感でもあるのだろうか。

 

「沙織って、やたらさっと惚れっぽいくせに体育会系がめんこえ思うとうから、帆柱さんやったら打ってつけだと思うだぁ♡ まあ、こん先のドラマ展開がドデさせてくれるか、とてもおもしぇだねぇ♥✈」

 

「お友達の恋愛問題やっちゅうとに、泰子さんってなんか、他人事みたいにおもしろがりようっちゃねぇ✄ ねえ、なして?」

 

「さあ? なしてって言われただばねぇ♪」

 

 友美からの疑問に風の精霊――泰子は、いつもの澄まし顔(少しだけニヤついている☺)で応じていた。そこへまた浩子が割り込んだ。

 

「だけんがここだけの話なんしょ、泰子はずっと前べ、沙織を振った男とできちゃったことがあるんぺぇ☞ それも二回もおんなじこと繰り返しちゃって、またあんでんねーことに、すぐ別れたでんいぇー☢ だっけんが今回も、ほんこん期待してたんじゃねえっぺぇ?」

 

「はらわりぃ(秋田弁で『頭にくる』)! なんしょしなこと言ってんだぁ!」

 

「あはっ♡ あんでんねーよ、ごめぇ〜〜ん☀」

 

 親友からの思わぬ暴露話で、泰子の顔が風の精霊に似合わず、急激に赤面化。それから浩子が翼を広げてパタパタと宙に舞い上がり、泰子が走ってあとから追い駆けた。無論話題の中心である沙織は、親友ふたりのじゃれ合い(?)など、我関せず。相変わらず帆柱にくっ付いているままでいた。

 

「ほんと、仲のええ三人娘っちゃねぇ☆ いつも来るたんびに嵐まで呼んでくれちゃってねぇ♥」

 

 孝治は含み笑い混じりの小声でささやいた。これを例によって、霊である涼子が茶化してくれた。

 

『なんちってね☞ ほんとは孝治かて帆柱先輩んこつ、気懸かりなんとちゃう? あたし、孝治の男時代っち知らんとやけど、女ん子に変わってから絶対、孝治は先輩ば見る目が変わっとうはずっちゃけ♡♥』

 

「うわっち!」

 

 とたんに今度は、孝治自身で顔面の急激な赤面化を感じた。それから勢い余ったそのままに、泰子・浩子と同じ構図。孝治は涼子を追い駆けた。

 

「くぉらぁーーっ! 今ん発言ば取り消さんけぇーーっ!」

 

『きゃはっ♥ やっぱ図星なんちゃねぇーーっ♥』

 

 ただしこの光景を端から見れば、やっぱり孝治ひとりで勝手に走り回っているようにしか見えないところ。まさにいつものパターンで玉に瑕であろう。このふた組の追い駆けっこは、一台の牛車の周りを何度も何度も走り続け、あげくは折尾が怒鳴っても、まるで効果がないほどとなった。

 

「こらぁーーっ! 牛が驚くからやめんかぁーーっ!」

 

 むしろヒョウの雄叫び混じりである彼の怒声のせいで、本当に牛のほうが、ビックリ仰天している有様。そんな中、ひとり蚊帳の外である友美が、小さな声でつぶやいていた。それもわずかではあるが、一応心配そうな顔をして。

 

「……孝治っち、あげん真っ赤になって怒ってからぁ……もしかして涼子が言うたことって、ほんなこつ図星やったっちゃろうかぁ?」


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