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『剣遊記11』

第七章 グリフォンは野生に戻ったか?

     (1)

「ちかっぺたいげえにせえーーっ!」

 

 密猟団の涙まじりである抗議と訴え。それらはすべて、血も涙も、さらに情けも容赦もない女魔術師――美奈子によって、見事に封殺された。

 

「今さらあほらしいしゃべりどすえ☠」

 

 この冷徹なる美奈子の呪文ひとつで、槍藻に冷素不、それにワーブルといった密猟団の面々が、次々と一枚の紙切れに変えられていった。でもって、最後に残った煎身沙であるが、こいつも両手のシワとシワを合わせ、両膝を地面に付けて――つまり土下座で助命(?)を嘆願していた。

 

「わ、わかったぁ! いけぇわかったけぇオレはあばさけんで連行されるっしぃ! 一切逆らったりかやしたりせん! おいやから紙に変えるみたいなもつけねえことだけは、なんぼなんでもやめてっしぃ!」

 

 ところがやはり、美奈子に聞く耳はなかった。

 

「おまいはんも組織の長であられるんどしたら、ごんたみたいなあっぽ(京都弁で『子供みたいな馬鹿』)はやめなはれや☠ それでは手下の皆はんと、ごいっしょあれぇ♐」

 

「わひぇーーっ!」

 

 美奈子の魔術呪文で黒ヒゲの密猟王こと煎身沙の体から、白い煙のような気体が湧き上がった――かと思えば、それがボワンッと晴れたあとには、一枚の紙切れがポツンと、地面に落ちているだけだった。

 

 煎身沙の情けない泣き顔が描かれている、一枚の肖像画であった。

 

「人を二次元に閉じ込める魔術……確かに拝見させてもらったよ☁ たとえ自分が悪に落ちぶれても、これだけはご勘弁を……って気持ちだな☢☠」

 

 魔術の一部始終を見ていた折尾が、戦々恐々のヒョウの面持ち(ご想像にお任せします)でつぶやいていた。またその思いであれば、孝治も同じであった。人を二次元化する魔術はずっと以前、同じ未来亭に所属している魔術師――椎ノ木可奈{しいのき かな}が使用する現場を見た経験が、孝治にはあった。しかしそのときは、可奈が術をかけた相手はひとりだけ。それに対し今回の美奈子は、大規模そのもの。彼女は少しも疲れた様子を見せず、三十人近くいた密猟団を、それこそひとり残らず紙へと変えたのだ。

 

「やっぱ美奈子さんは凄かっちゃねぇ☀ もしかして可奈さんが見せた魔術も、美奈子さんが伝授したとやろっかねぇ✍」

 

 確証はないし、また美奈子がそこまでの親切を行なうとは、正直少し考えにくかった。それでも孝治は、たとえ一パーセント以下の確立であっても、そのように思えて仕方がなかった。もっともそれを可奈に直接尋ねたとしたら、きっと逆鱗のごとく怒るであろう。なぜなら可奈は、今でも美奈子を嫌っている感じがあるからだ。さらにこれまたずっと以前、美奈子の魔術によって動物(リス)に変えられた恨みが、今でも心の奥深く根付いているに違いない――と思われる節もあることだし。


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