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『剣遊記14』

第五章 湖の秘密と後片付けはキチンとね。

     (16)

「うわっち?」

 

 孝治は慌てて、左右をキョロキョロと見回した。

 

「あの声っちゃ!」

 

 孝治は今突然聞こえた声に、明らかな聞き覚えがあった。

 

 忘れもしない(けっこう忘れっぽいほうだが)、海底で初めてティラノダコラと遭遇したとき、急に耳に入って孝治と友美を安全な方向に導いてくれた声である。

 

 正体は当然ながらに不明のままであったが、その声が再び、孝治に呼び掛けてきたのだ。

 

「孝治も聞こえたと?」

 

 友美も孝治と同じように、左右を交互に見回していた。

 

「うん、聞こえたっちゃ☎」

 

 孝治はコクリとうなずいた。友美は海底ではバンドウイルカに変身していたのだが、やはりあのとき声が聞こえていたようだ。だけど、なにしろイルカに変身中だったので表情が表現できず、孝治もあとで確認する機会を忘れていたのだが。

 

 それはそうとして、今回声が聞こえた者は、孝治と友美だけではなかった。

 

「今けったいな声が、急に私のこの長い耳に入ってきはりましたなぁ♐ 皆はんはどのようにお思いでっか?」

 

「わ……わからんちゃよ♋」

 

 二島と裕志も、急な謎の声の登場に、かなりとまどい気味でいる感じ。もっとも二島は割と肝が据わっている態度でいるのだが、裕志はもろに顔面蒼白となっていた。これもいつものパターンか。

 

「今の声、孝治はんはどのようにお考えでっしゃろ?」

 

「おれかてわからんちゃよ

 

 二島よりもずっと前に、この謎の声に遭遇しているのだが、そのときから正体不明――なので今の孝治には、なにも答えられなかった。

 

 だけどただひとり、事態のわかっていない者がいた。

 

 徹哉であった。

 

「皆サン、ナニヲ突然、ボクニハワカラナイコトヲ言イ合ッテイルノカナ。ナンダカ仲間外レニサレテルミタイデ、ボクハトテモ寂シイト、体内回路ガ反応シテルンダナ」

 

 しかし孝治には、むしろ意外とも言える徹哉の嘆きぶりであった。相変わらず頭と胴体が離れたままでいるのだけど。

 

「うわっち? 徹哉だけなんも聞こえんかったとね?」

 

 孝治は改めて周囲を見回した。その感じで言えば声が聞こえた様子でいる者は、自分自身を含めて約五人(孝治、友美、涼子、二島、裕志)。この中になぜか、徹哉だけが入っていないようなのだ。涼子の場合、今のところ全員に見える発光球がくるくると自転しているので、その様子から声に驚いている感じが見て取れた。

 

「徹哉はんはなんや、霊感ゼロなんでおますんやろうかいな?」

 

 二島の不思議丸出しなつぶやきであった。だがその解答の前に、新たなる怪奇現象がお出ましをしてくれた。

 

「見てん! 前んほうでなんか光りようっちゃ!」

 

 友美が急に、右手で前方を指差した。

 

『ほんなこつ!♋』

 

 発光球スタイルでいる涼子も、驚きの声を発していた。

 

「も、もしかして……幽霊なんけ? これだけでもう、ぼくは耐えられましぇ〜〜ん☠ お先に失礼しますっちゃ☓」

 

 それだけを言い残して、裕志が真っ先に失神。バッタリと地面に仰向けで倒れるカッコ悪さを見せてくれた。


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