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『剣遊記]』

第一章  闇より迫る緑の影。

     (8)

「朋子{ともこ}ぉ、塩撒いといてぇ✈」

 

「はぁ〜〜い✌」

 

 いつもの習慣で、気に入らない訪問客が帰ったあとの儀式(後始末)を、由香たち給仕係一同が執り行なった。

 

「今の騎士さんは、いったいなんだったんですか?」

 

 騒動の間、ひと言も口をはさめなかった友美が、ここで気を取り直したらしい。黒崎に尋ねていた。すると店長は友美と孝治(見えないけど涼子も聞き耳立て)に向け、軽く肩をすくめて、両手の手の平を上に向ける仕草で答えてくれた。

 

「さっきも言ったとおり、皇庁室から派遣されて来た次官殿だがや。それも東のほうの皇室だがね。なんでもきょう、関門海峡を皇太子殿下とやらのお召船が航行するから沿岸に市民を動員させて、盛大に旗振りをやらせろって言うんだ。これは恐らく、西の織田皇帝に対する、一種の見せびらかしだろうな。もっとも当店にそんな指示を市民にする権限など、これっぽっちも無いんだがなぁ〜〜と言うわけで、丁重にお断りしたんだがや」

 

(そげんでもなかですよ☆)

 

 孝治は声には出さず、小さくつぶやいた。

 

 黒崎自身がどのように考えているかはわからないのだが、市内でも最大手の老舗店長である彼は、同時に市の顔役の一面も併せ持っているのだ。そこをなにか勘違いでもして、東側の皇室の偉いお役人が、歓迎会準備の話を持ってきたのであろう。それなのに黒崎がこの申し出を断った理由は、彼が王室に反感を抱いているわけでもなければ、決して織田皇帝側をエコ贔屓している愚行でもない。ただ単に、どちらの皇室にも興味も関心もないだけの話なのである。

 

「でも今の騎士さん、出ていく前に脅迫じみたこつ言うちょりましたけどぉ……そこんとこは大丈夫なんでしょうか?」

 

 友美は友美で、一抹の不安を感じているようであった。

 

「ああ、それなら別に心配するようなことじゃないがね」

 

 黒崎はこれを軽く一笑してくれた。

 

「さっきの騎士が言うたセリフは、どれもまったく具体性も無ければ根拠も無いことばかりだがや。実際ヤクザのお礼参りが口先だけみたいに、皇庁室からの圧力で潰された商人など、僕が知る限りでも日本にひとりもおらんがね。そもそも東の皇室にも西の皇室にも関係なしで、あの手の人物は同じような話を持ってくるもんだがね」

 

「要するに、都合のええとこにええ顔ばっかししよう、イソップコウモリみたいな連中たいね☹ ほんなこつ、馬鹿馬鹿しい話っちゃねぇ♨」

 

 黒崎と友美の会話を聞いて、孝治もようやく先ほどの立腹から、今度は多少溜飲が下がる思いになった。


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