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『剣遊記]』

第一章  闇より迫る緑の影。

     (7)

「気ぃつけんかい! こん馬鹿チンがぁ!」

 

 そいつは金属製の硬そうな甲冑で全身をまとった騎士であった。だけど言葉づかいは、非常に悪かった。

 

「痛ててて……☁」

 

 その金属である甲冑に鼻っぱしをもろにぶつけ、孝治は自分でもよくわかるほどの涙目状態。ところが騎士のほうは、孝治の痛々しい姿(床に尻餅をついた格好で、右手で鼻を抑えている)を見てもまったく謝ろうともせず、むしろ乱暴に言い放つばかりでいた。

 

「けっ! 女んくせに戦士なんぞ気取りおってからにぃ! この店ん連中は、全員生意気な馬鹿チンばっかしばい!」

 

「お、女んくせぇ!?」

 

 ひと言も謝罪がないうえ、女性蔑視丸出しの言い草。ただでさえ短気も自覚している孝治は、瞬く間に頭への血液大量上昇を感じた。

 

「そげん言い方っちなかろうもぉ! そりゃおれは……今は女性ばい☠ でも女性が戦士ばしたら悪いっちゅうとねぇ! ええ、なんとか言うてみいや、こん傲慢野郎がぁ!」

 

「ふん! やっぱじゃじゃ馬の跳ねっかえり娘け☠」

 

 完全に腹をかいた孝治は、声を大にしてわめきまくった。しかしいくら怒声を浴びせたところで、当の傲慢騎士には、これっぽっちも動じる様子はなし。頭っから蔑視しきっている相手からはなにを言われようとも、まったく平気といった感じがありありと言えた。

 

「この野郎ぉ!」

 

 そのあまりの無礼で、孝治は思わず、騎士に飛びかかりそうになった。そこへひと際高い声が、間一髪で孝治の無謀と無茶を食い止めさせてくれた。

 

「孝治っ! その御方は皇庁室の次官だがや! だからくれぐれも失礼のないようにな✄」

 

「校長室……やなか、皇庁室?」

 

 いつだったかは忘れたが、一度聞いた覚えのある官庁名で、孝治はいきり立っている両手を、自分の鞘に収めさせた。

 

 なお、孝治を止めた声の人物こそ、先ほどからちょっとだけ名前の出ている、未来亭店長の黒崎健二{くろさき けんじ}氏である。言うまでもないが、未来亭の若き店主で、孝治たち戦士や友美たち魔術師の雇い主兼元締めなのだ。

 

 その黒崎店長から言われて、孝治は一歩引き下がりながら、改めて身長が高めである騎士の顔を、下から覗いてみた。騎士は兜の面を外し、素顔を孝治たちに見せていた。

 

 実際高価そうな甲冑など、この際どうでもよかった。それよりも踏ん反り返っているそいつの顔面には、偉そうな鼻ヒゲがもじゃもじゃと生えているので、まあそれなりの威厳は表わされていた。ただしヒゲは、本当に威厳を誇示するだけの価値しかないようで、それ以外は『虎の威を借るキツネ』の雰囲気が濃厚となってもいた。

 

 そのような『キツネ』的であるヒゲ騎士は、眼前にいる孝治など、もはや歯牙にもかけなかった。そいつの目線はとっくに、店長である黒崎へと向けられていた。

 

 この状況から考えて、黒崎と騎士の間では、話はすでに済んでいるような感じがしていた。それでもどうやら、同じ内容を、ここでまた蒸し返すつもりでいるようだ。

 

「一応、話すことは話したんやから、あとは勝手にするんがええんじゃい! 何度も言うが、この日本で皇室に逆ろうて商売ができるっち思うなよ! こん非国民どもがぁ!」

 

「はあ?」

 

 孝治は思わず、瞳が点の思いとなった。なぜならそいつは騎士の風格にはまったく値しない、まるでショバ代をせびるヤクザか、あるいは無頼漢のような口振りであったからだ。

 

 これには孝治も、なんだかやる気の始末に困る思いとなった。

 

「なんね、あれ……?」

 

 むしろ、絶滅危惧種の珍獣を見たような感じ。足音もけたたましく未来亭から出ていく騎士の背中を、孝治はもはや、黙って眺めるしかできなかった。


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