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『剣遊記]』

第一章  闇より迫る緑の影。

     (6)

「孝治っ!」

 

「痛っ! ご、ごめん! おれはそげなつもりやなかったと!」

 

 友美から左の耳をつねられ、孝治は慌てて由香に頭を下げた。だけどもウンディーネである当の彼女は、実にあっけらかんとしたものだった。

 

「ううん♡ あたしやったらこれくらい訊かれたかて、いっちょん平気やけ♡ だって精霊言うたらあたしに限らず、みんな自分の生まれがわからんまんま、言うてみれば自然発生的に世の中で生きとんやけねぇ♡」

 

「……わたし、今思うたんやけど、言うなれば由香ちゃんの産みの親って、こん地球そのものやなかろっか?」

 

 孝治の耳をつねったまんまで、友美が励まし的な言葉を由香に贈った。すると由香が友美に向け、今度は優しそうな微笑みを返した。

 

「ほんなこつ良かこつ言ってくれるっちゃねぇ♡ じゃああたしは、こん地球が産んでくれた精霊っちゅうわけっちゃね♡ あたし気分が良うなったけ、あとで昼ご飯ば御馳走したげるっちゃね♡ それと他に質問でもあったら、いつでもなんでも訊いてええっちゃけ♡

 

 それだけを快活に言い残し、由香が足早に店内へと駆け戻った。そろそろ給仕の仕事に戻らないといけない時間になったのだろう。

 

『あたし、こげな話ば本で読んだことあるっちゃよ♠』

 

 厨房に戻る由香の背中を見つめながら、涼子がしみじみとした口調でつぶやいた。

 

『精霊は、人ば愛することによって、魂と自我ば得ることができるんやて♣』

 

 しかし孝治は涼子の言葉を聞いて、頭を軽く横に振った。

 

「でも、それが由香に当てはまるかどうかは、わからんちゃねぇ☁」

 

『なしてね?』

 

 涼子が問い返したので、孝治は自分の考えを話してやった。

 

「だって、由香の話しっぷりからして彼女ん場合、どげん聞いたかて人ば愛する前から魂も自我も獲得済みって感じばい✍ おれかてよう知っとんのやけど、由香は未来亭で勤めてけっこう長いっちゃし、裕志と仲良うなったんも、ほんの二年くらい前んことやけねぇ〜〜♡」

 

「それならわたしも知っとうばい♡」

 

 友美も孝治に同調してくれた。しかし涼子にしてみれば、気取った蘊蓄を言ったつもりが、あっさりとそれを否定されたような格好であろう。

 

『なんねそれって♨ それやったら別に人ば愛さんかて、精霊は勝手に自立ばしちょうってことやない♨ そんじゃ、あたしが読んだ本って、いったいなんの意味があったと?』

 

 孝治はキッパリと言葉を返してやった。

 

「そげなん知らんばい☠ ただ世の中には何事にも例外があるってことっちゃね☀」

 

『ぶうっ!』

 

 孝治から自分の主張を簡単に一蹴され、涼子が幽霊のくせして(?)、両方のほっぺたをプクッとふくらませた。

 

「そげなん、もうええやん♥ それよかおれたちも店に戻るっちゃね♡」

 

 こうして旋毛{つむじ}を曲げた涼子をなだめてあげながら、孝治たち三人は店内に入ろうとした。そのときだった。

 

 ドンッと孝治は、いきなり正面から出てきた男と、まともに衝突した。

 

「うわっち!」


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