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『剣遊記]』

第一章  闇より迫る緑の影。

     (5)

「行っちゃったわねぇ✈」

 

「ええ……☁」

 

 友美の言葉に、由香がうなずいた。

 

 残された恋人の吐息は、実に切なそうな感じがした。そんな由香に孝治は、背中から空元気を承知で、わざと明るめの声をかけてみた。

 

「まっ、いつになるかはわからんちゃけど、由香かていずれは裕志ん家{ち}にお邪魔ばして、親にご挨拶することになるっちゃよ♡ やけんそんときんために、今からちゃんと花嫁修業ばしとかんといけんばい♡」

 

 孝治としては、ややからかいの調子も含めていた。ところが意外にも、由香のほうは生真面目そのものだった。

 

「もちろんばい! あたし、裕志さんのご両親に好かれるよう頑張るけね!」

 

『ねえ、由香ちゃんが裕志くんの家に行くんはええとしてやねぇ……その逆ん場合はどげんなると?』

 

 ここで再び、孝治と友美にしか見えないし聞こえない涼子が、ふたりにそっと尋ねてきた。これに孝治は、小さな声で返してやった。由香には気づかれないようにして。

 

「……なんね☁ そん質問は?」

 

『由香ちゃんって、両親がおるとやろっか?』

 

「……あっ、そげん言うたら、そうっちゃねぇ……☁」

 

 涼子の疑問は、もっともな話だった。だからこればかりは孝治も涼子に注意するわけでもなく、その謎に同意した。

 

「ねえ、ちょっと訊くとやけど……✍」

 

 なんだか涼子につられるような格好で、孝治は由香に尋ねてみた。

 

「なんね?」

 

 由香が振り向いた。孝治はノドになにかが引っ掛かっているような気持ちで、思い切って訊いてみた。

 

「由香って……ウンディーネ{水の精霊}っちゃよねぇ⛲ で、精霊の家族構成っち、いったいどげな風になっとうと?」

 

「あたしん家族ぅ?」

 

 いさぎゅう(筑豊弁で『ずいぶん』)変なこつ訊いてくれるっちゃねぇ――そんな瞳で、由香が孝治の顔を見つめ直してくれた。それからポツリ的に、孝治と友美相手にささやいた(涼子は見えていないから)。

 

「あたしん家族って……知らんばい✄ あたしって、物心ついたんは五歳んころで、なんでも遠賀川の畔{ほとり}でひとりで遊んどったところば見つけられたらしいけね✍ これって店長から聞いた話なんやけど、そんときあたしば保護して引き受けてくれたんが、今の先代の店長……つまり黒崎店長のお父さんやて✋」

 

 孝治はこのとき、頭の中で『まずかぁ!』と叫んでいた。なぜならもしかしたら、由香のつらい過去の記憶を、無理に呼び戻してしまったかもしれないからだ。


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