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『剣遊記]』

第一章  闇より迫る緑の影。

     (3)

「そんじゃ、行ってくるっちゃね……あとんことば……よろしゅう頼むけね☁」

 

「ああ……任せときんしゃい……☀」

 

「そげん心配せんかてええけんね♡」

 

 ここは九州最北の都市――北九州市でもその名も高い、宿屋兼酒場の未来亭。

 

 周囲を見下ろすほどである木造四階建ての高層建築が、建物の規模の雄大さを、見事に物語っていた。

 

 その正面出入り口前。戦士鞘ヶ谷孝治{さやがたに こうじ}と魔術師浅生友美{あそう ともみ}からの見送りを受け、これから実家に戻ろうとしている、同じ魔術師の牧山裕志{まきやま ひろし}であった。だが、彼の表情には心なしか、後ろめたさが思いっきり表面ににじみ出ていた。

 

「……ほんなこつくどいようっちゃけどぉ……先輩んこつ、ほんとによろしく頼むけね☢ 一応ぼくがここに戻ったら、そんときまた言い訳するつもりっちゃけどぉ……☁」

 

「確かにほんなこつ、くどかぁ〜〜っちゅうもんやけど、裕志ん気持ちかて、ようわかるっちゃねぇ〜〜♠」

 

 裕志の念押しに、孝治は思わず苦笑した。

 

 魔術師裕志の実家は、世間で名高い魔術の名門である。今回裕志はその実家から緊急的な呼び出しを受け、急きょ帰宅の破目となっているわけ。ただし、帰るだけならふつうなのだが、裕志には目の上のタンコブとでも評すべき、大問題がひとつあった。

 

 孝治と裕志、共通の先輩――荒生田和志{あろうだ かずし}の存在なのだ。

 

「先輩の野郎、裕志の姉さんたちまで色目ば使いよったけねぇ〜〜☠ やけん実家に帰るってことがバレたら、ずえったい『オレも連れてけ!』っち聞かんち思うばい☃」

 

「そうっちゃよねぇ〜〜☠」

 

 孝治のつまらない予測で、裕志が深いため息を吐いた。

 

「でもやねぇ☛」

 

 そんな孝治と裕志に、今度は友美が声をかけた。

 

「わたし、思うっちゃけど、そげな大事んこつ荒生田先輩に黙っちょって、ほんなこつあとで怖いことにならんとやろっか? こげな言い方したらなんやけど、荒生田先輩っち、けっこう根に持つ人やけねぇ〜〜☠」

 

「わわわぁ〜〜☠ そげん人ば怖がらせんといてやぁ☠」

 

 裕志が全身で身震いを繰り返す。ここで孝治は、自分の左横に立つ友美に、言葉を返した。

 

「友美が言いたいことは、だいたいわかるっちゃよ★ でも、黙っとったかてあとで必ず起きる先輩の逆襲は、たいがい一回こっきりで済むもんやけね☺ やけど正直に話したりなんかしてみや☢ それこそずえったいに裕志の家までついてって、さらによけいな大騒動になっちまうってもんばい☠ やけんそれやったら、黙っちょったほうがずっとマシってもんやろ☀」

 

「ふぅ〜ん、そげな考え方もできるっちゃねぇ〜〜✍」

 

 孝治のやや言い訳じみた理屈に、友美は一応納得のご様子でいた。

 

『でもそれっちなんか、理由にしてはそーとー弱い気がするっちゃねぇ☠』

 

 今聞こえた女の子の小言は、孝治と友美にしか耳に入らず、ましてや裕志にとっては蚊帳の外の声だった。

 

 それもそのはず、声の出所は誰にもその姿が見えない(前述の孝治と友美は除く)、幽霊少女が口走ったものであるのだから。

 

 彼女の名前は曽根涼子{そね りょうこ}。若くして病{やまい}に倒れ、命を落とした悲劇の少女であった――のだけど、彼女の場合、御臨終を絶好の好機として(不謹慎)、この世の徘徊に楽しみを見つけだした、極めて非常識な霊魂なのだ。

 

 しかもさらなる迷惑。涼子は自分が気に入ったをただひとつの理由にして、孝治と友美だけに自分の姿と声を大公開。それも一糸もまとわぬ、真っ裸の格好を。これもふたりにしか自分を見せない状況を良しとした、涼子の奔放さと大胆さの表われだった。

 

 さらにさらに付け加えれば、涼子と友美はまるで双子のごとく、真にウリふたつな顔だったりもする。

 

 もちろん真実は、ただの他人の空似。血縁関係などまったくなしの、赤の他人同士である。

 

 ただしこの設定、今回も活かすチャンスはひとつもなさそう(設定倒れと言わないように☠)。


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