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『剣遊記]』

第一章  闇より迫る緑の影。

     (11)

 鞘ヶ谷孝治。この名を持つ戦士が男性から女性に性転換をした話を知らない者は、もはやこの北九州市に(ごく一部を除く。その代表、大門信太郎{だいもん しんたろう})ほとんど存在しないだろう。

 

 いや、最近では日本全国に、その評判が広がりつつあるほどに。

 

 それはまあ置いて、孝治も女性戦士(いわゆるアマゾン)に商売替え(?)をして、もうずいぶんと長くなる。しかも戸籍の性別爛の変更や、その他証明書の書き換えなど、たいがいの書類は終了しているのだが、それでも簡単に完了できないモノもあった。

 

 孝治自身の頭の中だけは、いつまで経っても男性のままなのだ。

 

 これもまあ、当たり前と言えば当たり前の話なのだが。

 

『確かに店長が言うとおりかもしれんばいねぇ☠ 皇太子さんは結婚ばあせっちょうっち噂やけ、孝治みたいなべっぴんさんがおったら、絶対見逃さんっち思うわ✌ もしかしてこれって、ほんなこつええチャンスかもね♡』

 

 黒崎と彩乃が退場をしたあとでもしつこくからかいを続ける涼子に、孝治は苦虫を五千万匹分噛み潰すしか、もはや対抗の手段がなかった。

 

「お……おれは、一生結婚なんかせんけね! たとえ相手にどげな財産があったかてな!」

 

『そん言葉、例の隊長さんに通じるやろっか?』

 

「うわっち!」

 

 涼子のトドメのセリフで、孝治の脳裏に北九州市衛兵隊長大門信太郎の、カイゼル髭ヅラが参上した。

 

 大門は実際頼りがいのある硬骨漢なのだが、とても困った性癖――思い込んだら一途過ぎの傾向があり。このため孝治を初対面のときから本物の女性と信じて疑わず、願わくば我が嫁にと、日夜熱望している有様なのだ。

 

 もちろん孝治も、いつかはこの誤解を解かねばならないと、常に危機感を募らせてはいた。しかし今現在のところ、その具体策が一向に見当たらない状態が続いているのである。

 

「た、隊長の話は、今はやめといてや! ほんなこつ胃に穴が開くとやけぇ!」

 

 とかなんとかわめいているうちに、孝治は本当に、胃袋がキリキリとうなりだすような気になってきた。

 

「ほ、ほらぁ……ほんなこつ胃が痛とうなってきたっちゃねぇ……☠ こりゃ胃潰瘍ばい……☠」

 

 孝治は腹を両手で抑え、本当に苦しい気分で床にしゃがんだ。その光景を見つめている友美が、心配そうな顔で声をかけた。

 

「……結婚けぇ……孝治はほんなこつ、こん先どげんなるとやろっか? わたしんことも入れて……☁」

 

「うわっち? 今なんか言うた? おれの胃袋やのうて、そっちんほうばっかり言うてからにぃ☠」

 

 思わず顔を上げて文句を垂れる孝治に、友美はペロッと舌👅を出してくれた。

 

「ううん♡ ちきっとね♡」


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