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『剣遊記]』

第一章  闇より迫る緑の影。

     (10)

 心の中でのつぶやきはともかく、東日本側の皇室が、たまに宮殿を出て各地を行脚{あんぎゃ}するニュースは、孝治もよく知っていた。その際、沿道を大勢の市民たちが埋め尽くし、盛大に小旗を振る光景も、よくある定番の話であった。だけど、旅の吟遊詩人がよく暴露話をしてくれるのだが、それらの市民たちのほとんどが、一日いくらで東の皇室から雇われている、言わばサクラばかりだという。それでも皇室はこのような馬鹿らしい茶番が大好きのようで、これで悦に入って、自己満足に浸っているという話である。

 

「で、店長はそれに協力ばすっとですか?」

 

 孝治の問いに、黒崎は先ほどとは打って変わり、頭を冷静な感じで横に振った。

 

「こちらも何度も言うが、断ったがや。個人で皇室を好きになるのは勝手だが、命令されてまで応援する根拠も理由もなんも無いからなぁ。皇太子の船は昼過ぎに関門海峡を通過するから、興味があったら孝治も見学に行ってええがね」

 

「ご冗談でしょ☠」

 

 孝治も即座に黒崎に負けじと、頭を大袈裟気味で横に振ってやった。もうあとの心配(パンチドランカー)はやめにして。

 

「そん東の皇太子とやらが、なんか芸でも見せてくれるってならともかく、ただ平凡に通り過ぎる船ば見たって、おもしろうもなんもないですからねぇ☠ とにかくおれはゴメンしますっちゃよ♠♣」

 

「そうでもないぞ。東側の皇太子は三十過ぎてもまだ独身だから、沿岸にいる孝治を見染めて皇妃にして、東京に連れてってくれるかもしれんがね」

 

「うわっち! 店長ぉ〜〜☠」

 

「冗談だがや、冗談」

 

 思わぬ所で黒崎からからかわれ、孝治はとたんに、顔が熟柿のように真っ赤に染まる思いとなった。ついでにうしろで聞いていた友美と涼子が、これまた盛大に笑いだしていた。それこそサクラたちのシラけた旗振りよりも、よほど根のしっかりとした盛り上がり方で。

 

 特に涼子は黒崎と彩乃の前では遠慮をして、今までずっと静かにしていた。それが今の店長の言葉が、本当におかしかったご様子でいた。

 

『きゃははははっ! それってええばい! 最高っ♡♡♡』

 

 (実は友美にそっくりな)幽霊の、腹をかかえているほどのはしゃぎっぷりには気づかないだろうが、友美から笑いがウケた結果により、さらに調子が乗ったようである。黒崎が続けて、よけいなセリフを連発させた。

 

「それから港には、警備責任者として市の衛兵隊長であられる大門{だいもん}殿もおられるから、隊長と皇太子の間で三角関係にならないように気を遣いたまえよ。ヘタをしたら隊長が皇室に反逆して、革命かクーデターになってしまうからな」

 

 それからそのままの笑顔で、黒崎は二階の執務室に戻っていこうとした。

 

「店長ぉ〜〜っ! 今から火星屋さんへ約束の訪問をする時間ですばぁ〜〜い!」

 

 酒場で談笑(?)をしていた間、ずっと二階で待っていたのだろう。秘書の光明勝美{こうみょう かつみ}(何回でも説明しますが、彼女はピクシー{小妖精}で、身長は常人の手の平サイズ。背中にはアゲハチョウ型の半透明の羽根があり)が、大きな声で店長――黒崎を呼んだ。

 

「ああ、今行くがね」

 

 孝治はそんな黒崎の背中に向け、下からやはり、大きな声を浴びせてやった。

 

「店長かて、おれが元男やっちゅうこつ、よう知っちょうくせにやねぇ〜〜っ!」


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