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『剣遊記15』

第一章  目覚めれば太平洋ひとりぼっち。

     (8)

 巨大過ぎる直立の大岩が、帆船の右舷側を、すぅ〜〜っとすれすれに通り過ぎていった。

 

 孝治はその様子を、終始ヒヤヒヤの心境で見守り続けた。だけど間一髪――なんて事態には全然ならず、大型帆船は余裕しゃくしゃくの取舵一杯(転舵{てんだ})でもって、進路の前方立ちはだかっていた直立大岩を、見事に回避してのけたのだ。

 

 そもそも帆船は、風の吹く向きによって、進路を大きく左右される機能である。だが、今孝治たちの乗っている船は、その鉄則を完全に逸脱していた。

 

 それこそ風力など関係なし。自力でグググッと、舳先の方向をチェンジしたのだ。

 

 この非常識極まる光景を眼前にしながら、美奈子は実に鼻高々。超マイクロビキニ姿にて、ブリッジ内での仁王立ちを決めていた。

 

「おほほほほほっ☀☀☀ さすがはうちかて一目置くほどの、最新鋭魔術の賜物でおますなぁ✌ このうちが少々指示を出しただけで、思いどおりにお船の行き先を自由自在にしてくれはるよって✋✊ これも見事懸賞に当たった甲斐がありはったと言うもんでおますなぁ♪

 

「…………☁」

 

 一時的な身体の硬直化であるが、美奈子に言葉が返せない孝治は、パチパチパチ👏と生気の乏しい拍手を送るしかできなかった。これと反対に、千秋と千夏の双子姉妹は、もう手放しの大喜びよう。

 

「いよっ☆ 大統領っ……やあらへん師匠っ!✌ あんたほんまに天下一の大魔術師はんやでぇ♪✌

 

「美奈子ちゃん、カッコいいさんですうぅぅぅ それとらぶちゃんもですうぅぅぅ

 

 その横では秋恵がなぜか、ポツリとささやいていた。

 

「でも懸賞のクジ当てたんは、ほんまはあたしなんやけどなぁ☹」

 

「あっ……そうっち言いよったっちゃねぇ☞」

 

 孝治も秋恵のささやきに気がついた。だけどそれと同時だった。美奈子がビシッと、音がするほどの迫力でもって(はっきり言って幻聴)、孝治をいきなり右手で指差した。

 

「うわっち!」

 

 これらの行為は本当は、人に対して大変失礼な振る舞いである。それはとにかく、美奈子が言った。

 

「孝治はん、人がほっこりした気持ちで海を眺めよったときに、いらち(京都弁で『いらいら』)丸出しでけったいな騒ぎを起こしはった過ち、このうちかて今回は堪忍あきまへんさかい、たんと覚悟しときはれや☠ そんなわけで、きついお仕置きしてもらいまっせぇ〜〜☠☺☺

 

「うわっち!」

 

 孝治は心臓をドキッとさせ、ビックリ仰天の声を上げた。だけど今の美奈子のセリフには、ちょっぴりお遊びのような空気も感じ取っていた。なにしろ彼女の瞳には、場の成り行きを楽しんでいる色がありありであったから。

 

「うわっち、うわっち! そげん本気……? で怒らんでもよかろうに♋」

 

 それでもすべては、後の祭り的状況でもあった。


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