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『剣遊記15』

第一章  目覚めれば太平洋ひとりぼっち。

     (7)

「ほな、行きまっせぇーーっ☀☆」

 

 けっきょく、異常極まる自信満々の根拠を見せないままだった。美奈子がこれまた、威勢の良い声を張り上げた。ただしその掛け声は、ブリッジ内の中央テーブルに置かれてある、ひとつの物体に向けられていた。

 

 実を言えば孝治も、その物体の存在を、初めから知っていた。だけど現在の状況が状況なだけに、今は関心を向けている場合ではなかったのだ。

 

 その物体とは、ブリッジ内の円卓テーブルの真ん中に置かれている、完全円形の水晶球であった。

 

「あっ……それっち!」

 

 しかも実際に、その水晶球が使用される場面を、孝治はすでに何度か目撃(?)済みにもしていた。

 

 早い話が、一種の魔術アイテムなのだ。説明はのちほど。

 

「それっち、初めにこん船の操船に関係することっち言いよったっちゃねぇ✍ 確かブリッジのオブジェやのうて、本当はこん船の心臓部みたいなもんやち……✎」

 

『初めてこれが動いたときっち、孝治っちそーとービックリしよったけねぇ

 

「うわっち! そうやった……かも✄」

 

 たぶん美奈子には見えていないであろう涼子が、孝治の右耳にこそっと、以前の記憶による(らしい)ツッコミを入れてくれた。それはとにかく、美奈子は困惑の思いでいる孝治を尻目にして水晶球に向かい(ほんとにお尻丸見え)、ボソボソとなにかをささやいた。それも別に小さな声というわけでもなく、どことなく優し気な声音であったりする。さらに言えば『操船の指示』よりも、『なにかをお願い』するような感じでもって。

 

「では、らぶちゃんはん、このお船……ううん、おまいさんの前のほうにけったいな岩はんがおますさかい、ちいっとばかし進路を変えてもらえへんやろっかなぁ♐ これはかの有名な、取舵一杯{とりかじいっぱい}っちゅうもんでっせ

 

 するとなんと、美奈子の言葉に合わせて、水晶球から返事が戻ってきたりする。ちなみに『らぶちゃん』なる呼称については、第二章にて後述する。

 

「ヨウワカッタケンノォ。ワシニ任センシャイ」

 

 呼称の問題は後回しにして、水晶球から返った言葉は、かなりに訛っていた。また、水晶球がしゃべると言う、ふつうなら驚くべき事態も、孝治は承知済みにしていた。問題は、このあとだった。

 

「うわっち!」

 

 とたんに孝治ビックリ仰天の事態が発生した。

 

「な、なんね! 船が左に動きようばい!」

 

 まさに大型帆船が美奈子のお願いどおり、左に大きくグググッと舵を取り始めた。ここで簡単に薀蓄を述べさせてもらえば、『取舵一杯』だと船は左に。『面舵一杯{おもかじいっぱい}』だと、船は右に進路を変えるのだ。


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