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『剣遊記15』

第一章  目覚めれば太平洋ひとりぼっち。

     (2)

 部屋から外に出てみると、孝治の瞳の前には、三百六十度からなる絶景の大海原のパノラマが広がっていた。

 

 まさに青い空と白い雲と紺碧{こんぺき}の海。所々で見える、白い波頭。時折吹いてくる、一陣の潮風。これらはまさしく、大海原のド真ん中。大洋の中心でひとりぼっち――と言ったところか。

 

 それから孝治は、空を見上げてみた。三本の高いマストに、白い巨大な帆が張られていた。その巨大な帆が風を受けて、進路を前のほうへと導いていた。

 

 そうなのである。孝治は現在、大型の遠洋航海用帆船に乗船中。それも広い太平洋を航行している真っ最中なのだ。

 

 念のため初めに記しておけば、孝治は決して、本当に太平洋ひとりぼっち――というわけではなかった。

 

「うわっち?」

 

 なぜに今、自分がどうして広い海――それも太平洋のド真ん中にいるのか。船の周辺にはそれこそ大陸はおろか、小さな島影ひとつすら見当たらないと言うのに、今の孝治には、この状況に疑問を抱く気持ちは、それこそ微塵もなかった。それよりも孝治の目線の先には、海面から高々と突き出ている、大きな岩の塊が見えていた。島ではないが、どうやら岩礁のようである。

 

「なんねぇ、あれ?」

 

 それはまるで、海上から巨人{ジャイアント}が立ち上がっているように見えたりする。

 

 そう。それはまさに、海底からにょっきりと天に向かって伸びている、黒々と前方に立ちはだかる、岩のモンスターそのもの。そのモンスター的大岩が、帆船の舳先{へさき}のド真ん前にそびえていた。つまりこのままでまっすぐ船を進めれば、間違いなくドカンと、正面から衝突の事態となる様相だったのだ。

 

「うわっち! あ、あれって、なんか聞いたことあるっちゃよ!」

 

 あっと言う間の小パニック状態になりつつ、孝治は大急ぎで記憶の引き出しの中にある、うろ覚えの知識をまさぐった。ずっと昔読んだ海の記録に関する本に書いてあった話だが、確か大洋のド真ん中に、まるで未亡人を思わせるような立ち姿の、寡婦岩{やもめいわ}と呼ばれる背の高い岩礁があると言う。

 

 その昔話を思い出すまで、けっこう長い時間が必要だった。

 

「ま、まずいっちゃよ! 早よ船の進路ば変えんとぉ!」

 

 思い出しに時間はかかったが、そのあとの行動は迅速と言えた。孝治は猛ダッシュで、自分が寝ていた部屋の前の甲板から、帆船のブリッジに向けて駆け出した。

 

「でたんまずいことになるっちゃけぇ! 船が岩とぶつかるっちゃよぉ!」


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