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『剣遊記閑話休題編T』

第三章 真夏の嵐の夜の夢。

     (9)

「これで文句なかっちゃろ!」

 

 ついに全裸となって、孝治は射羅窯の前で仁王立ちをしてやった。それでも一応、両手を使って、隠す部分は隠しているけど。

 

 しかし気分はほとんど――いや完ぺきにヤケクソの心境だった。

 

 ところが脱走犯のほうは、これでもまだ不満が残っているような感じでいた。

 

「両手ば頭ん上に上げんしゃい! おれば安心させるんは、まだ早いったい!」

 

「うわっち!」

 

 孝治は左手で胸、右手で下の部分を隠していた。それを射羅窯は、気に入らないらしいのだ。

 

「ほんなこつしばきたかぁ! 最低のゲス野郎ったいねぇ、てめえは!」

 

 さらにヤケクソに輪をかけ、孝治は両手を上げて、降参のポーズとなった。これでもはや、隠している所はなにもなし。

 

「……そうそう、そんでよか……♡」

 

 ここまでやって見せてようやく、射羅窯が安堵と同時に、おのれのヒゲヅラにいやらしそうな笑みを浮かべた。おまけによく見ると、鼻の穴から赤い液体までが垂れ流れ始めていた。

 

 孝治は思った。やっぱこいつは、ただのスケベ野郎っちゃねぇ――と。ただし、このスケベ野郎は孝治を真っ裸にしただけで、一応の満足を得たようだ。その理由を訊いてもいないのに、なぜか自分からもっともらしく言い訳してくれた。

 

「ここにおる女子{おなご}ん中で、いっちゃん戦闘力がありそうなんはおめえなんやけな☢ やけんまず最初に武装解除させるんは、当たり前ってもんばい✌ それよかおめえらは、おれんために早よ飯ん準備ばさっさとせんね♨」

 

 孝治の脱衣中、為すすべもなく、ジッと立ち尽くしていた由香たちであった。そこへいきなり射羅窯の斧が向いたので、彼女たち全員悲鳴を上げ、この場で一斉に飛び上がった。

 

「きゃん!」

 

 これには射羅窯のほうが、なぜだかドキッとしたような顔となった。

 

「騒ぐんやなか! 友達ば死なせとうなかったら、おれん言うとおりにしや! でないとこうやけ!」

 

 光る斧の刃先が、登志子のほっぺたをパシパシと、軽くではあるが脅迫的に叩いて見せた。

 

「あ〜〜ん! 死ぬ前に香港の満漢全席ば食べたかったぁ〜〜☂」

 

「わ、わ、わかったわよ!」

 

 泣き叫ぶ(?)登志子の姿を見て、由香が気丈にも、射羅窯に料理の出し物について尋ねた。

 

「で、でも……出せるんは魚くらいなモンちゃけど、それでよかね?」

 

 脱走犯はすぐに答えた。

 

「あのうまそうな匂いは、魚ば焼きよったんやね♡ と、とにかくなんでんよか! おれは腹が空いとんやけ☠」

 

 射羅窯としては、それなりにカッコをつけているつもりらしい。しかし鼻血を垂らしながらでの怒鳴り声(つまり鼻声気味)なので、すでにいまいち迫力がなくなっていた。


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