『剣遊記閑話休題編T』 第三章 真夏の嵐の夜の夢。 (10) 「わかったわよ!」
由香を先頭にして給仕係たちが全速で、炊事場へダダダと駆け込んだ。
実はこのとき、幽霊の涼子はずっと、黙って事態を傍観していた。
『なんかヤバか展開になったもんちゃねぇ☁ でも人質がおるけ、あたしの出番もむずかしそうやねぇ☠』
涼子はこれでも、いつ得意のポルターガイスト{騒霊現象}を起こして悪漢をやっつけてやろうかと、密かにチャンスを狙っていた。しかし登志子が斧を突きつけられている状態なので、さすがの幽霊も迂闊には手を出せなかった――もとい霊能力を使えなかったのだ。そのうち幽霊のある意味気楽さで、事態の推移を見守っている間に、だった。広間に残った者は、射羅窯と人質の登志子。素っ裸でいる孝治の、三人だけとなっていた。
『あら? 友美ちゃんは?』
さらにもうひとり。孝治のパートナーである友美の姿が見当たらないことに、涼子は今になって気がついた。
「わたしやったら、ここばい☆」
『えっ?』
そこへ声はすれども姿は見えず。涼子の右耳に極小な声で、友美の声が突然入ってきた。
『友美ちゃん……どこね?』
涼子はキョロキョロと、室内を見回した。
『友美ちゃんの声しか聞こえんっち、こげなん初めてっちゃよ☛』
すぐにその理由が明らかとなった。
「わたし……透明の術で、今姿ば消しちょうと☟ でも声までは隠せんけ、小さい声で言うっちゃね☆」
『うわっ! ほんなこつぅ?』
これは涼子にとって、本当に初めての経験となった。自分自身は幽霊なので、孝治と友美以外の他人からは、いつも見られない状態でいた。ところがその自分が見えないモノに遭遇する事態など、死んでから今まで、一度も考えたことがなかったからだ。
ある意味それは、当たり前中の当たり前かも。
とにかくそうなると逆に、涼子はほっぺたがふくらむ気分になってきた。
『こすかっちゃよ、友美ちゃん♨ あたしかて一種の透明なんやけど、孝治と友美ちゃんにはちゃんと、自分の姿ば見せよんばい♨ それなんに友美ちゃんが魔術ば使えば、あたしにもよう見えんようになるっちゃけねぇ♨』
「まあ、それは今は置いといてやねぇ♡」
涼子のふくれっツラはともかく、友美のほうはなんだか妙に、楽しい気分となっていた。
「わたしかて、なんとか逆転のチャンスば探っちょうとこなんやけね♥ やけん孝治には悪かっちゃけど、もうちょっと裸で頑張ってもらっとこ♥ 逆転のチャンスはわたしたちで作ってあげんといけんのやけ♡」
『チャンスって、なんかええ考えでもあると?』
涼子は眉間に、シワが寄る思いでいた。反対の友美のほうは姿が見えないのだが、くすっと微笑んでいる感じが、まさしくありありの雰囲気だった。
「まあ、そげん簡単にええ考えとかチャンスなんか、できるわけなかっちゃけねぇ♠ とにかく今は、時間ば稼いどかんといけんのやけ♤ やきー、わたし炊事場の様子ば見てくるけね☜」
『そげん、うもう行くとやろっか?』
友美のかなり楽天的とも成り行き任せとも言える発言(声だけで本人は見えない)に、ここではなんとなく懐疑的な涼子であった。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |