『剣遊記閑話休題編T』 第三章 真夏の嵐の夜の夢。 (7) 「登志子ぉ!」
明らかに囚われの身となっている友の姿を見て、桂が高い金切り声を張り上げた。
「静かにせんけぇ!」
これに登志子を言わば捕虜にしている、顔のほとんどを黒いヒゲで覆った男が、定番どおりの恫喝声でがなり立てた。
「おらぶとこん娘の首ばかっ斬るけねぇ!」
そいつはやはり、孝治たちの知らない顔だった。おまけにどう見ても、紳士とはまったく無縁な感じ。それよりも山賊か海賊が似合いそうな風貌と言えるのかも。
「いったいなんがあっとうと?」
このような一大事を前にして、真岐子がとぼけたようなセリフをほざいた。しかしそれはそれで、無理もなかった。
「真岐子っ! なん言いよんね! 早よメガネばかけんしゃい!」
「あっ! はいはい!」
由香から急き立てられ、真岐子が慌てて、外していた度の強いトンボメガネをかけ直した。それからようやく事件の勃発に気づくという、とても情けない有様を見せてくれた。
「きゃっ! 登志子がぞうたんのごつんあるから捕まっとうごたる!」
「ま、真岐子は下がって! そ、それよかおまえ……い、いったい何モンね!」
孝治もお決まりどおりではあるが、男に名前を訊いた。すると男は馬鹿正直にも、すなおな態度で応じてくれた。
「おめえらこそ衛兵隊からの通知ば聞いとらんかったとね? この大物お尋ねモンである山賊射羅窯{いらがま}様が、護送の途中で脱走したってニュースをよぉ! こげんことやったら漂流したっちゅう嘘でも言うて、おめえらから飯でも御馳走してもらえば良かったばい☠」
男は海賊でこそなかったが、やはり山賊であった。
ここは海なのに。
それはそうとして、それやったら嘘でもなんでも、平和的にそうしとったら良かったろうも――と応じ返したい気持ちとなった孝治であった。だが、事ここまで到れば、もはやすべてが手遅れ。事件の平和的解決手段は、真夏の夢の跡だった。
「ざっと見たところ、こん島におるんはおめえら女子{おなご}ばっかしけ☚☛ 男はひとりもおらんようやな☠」
油断なく斧を光らせながら、射羅窯が孝治たちを眺め回した。これにはもちろん、孝治は黙っていなかった。
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