『剣遊記閑話休題編T』 第三章 真夏の嵐の夜の夢。 (4) 荒い息づかいであった。
男の全身は、雨でびしょ濡れ。手足からも水滴が、何粒もポタポタとしたたり落ちていた。
それも無理はなかった。男は死に物狂いで小型のボートを漕ぎ、なんとか島まで渡ったものの、きのうからずっと不眠不休を続けていたからだ。
それでもなお、足取りだけは、しっかりとしていた。おまけに彼の左手には、ある固い物が握られていた。
暗夜なので光りはしないが、月でも出ていればその光に照らされ、見事に反射をしたに違いない。なぜならそれは、磨きに磨きをかけられた中型の斧であるので。
その斧を握っている男の嗅覚が、これまたある匂いを捕えていた。するととたんに、男の腹がきゅぅぅぅぅぅぅと鳴った。
続いて発した男の第一声。
「……腹ば減った……☢」
男の足は間違いなく、匂いの出所――海の家へと向いていた。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |