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『剣遊記閑話休題編T』

第三章 真夏の嵐の夜の夢。

     (3)

「にゃあ〜〜ん♡」

 

「あっ! 朋子ったら猫になっとうぞなぁ!」

 

 炊事場でわざとらしく鳴き声を上げた三毛猫に、桂が驚きの声を張り上げた(マーメイドの体型から二本足に戻っているので、きちんとビキニの水着を下にも穿いています)。

 

「朋子っ♨ いくら島に残された責任から逃れたいからって……ごほっ! げほっ! それでごまかすつもりっちゃね♨ ごほっ!」

 

 尾頭付きのチヌ{クロダイ七輪で焼いている由香が団扇{うちわ}で火を扇ぎつつ、煙でノドを咳き込みながら、気丈にもブウブウと文句を垂れた。

 

 炊事場は現在、水着(それもビキニ)のままでいる給仕係六人で、てんてこ舞いの真っ最中。だけどもともと、未来亭でいろいろな料理を作っているので、その点では全員食卓の準備には慣れている――はずなのだが、きょうに限って、いつもよりはかなりに勝手が違っていた。その理由はなんと言っても、炊事場自体が極端にせまい部屋(畳四畳分)になっていたからだ。これはふだん、桃子ひとりでキッチンを担当しているので、広さはこの程度で充分と考えているからであろうか。

 

「痛っあーーっ! また誰かわたしのしっぽば踏んだばぁーーい!」

 

 長い蛇体を引きずり回して、真岐子が叫んだ。

 

「ねえ? 塩と醤油ばどこねぇ? それが無いと魚がさびばかばぁい!」

 

 彩乃もごそごそと、戸棚の調味料をまさぐっていた。

 

「知らん……ごほっ! ちゃよ! 朋子に訊いちゃってや♨ 猫になっとうちゃけどねぇ☠」

 

 登志子も煙でむせながら、団扇で三個並べている七輪を扇いでいた。

 

 このような状況のせいなのかどうかは本人の自覚しだいなのだが、問題の朋子は先ほど登場したとおり、さっさと三毛猫に変身済み。

 

(あたしはもう、傍観者やけね♡)

 

 などと知らんぷりを決め込んでいる感じでいた。

 

「うぷっ! もう我慢できんぞなぁーーっ!」

 

 煙の充満した炊事場から、桂がたまらず逃走を図った。マーメイドである桂はとにかく、このような燻{いぶ}し系が、大の苦手らしいのだ。

 

「ほんなごと、やおいかんけねぇ☠ あれでも給仕係ば、いったい何年勤めとっとね?」

 

 そう言う由香自身の瞳も、今や煙で真っ赤に充血中。由香も桂も水場出身の亜人間{デミ・ヒューマン}なだけあって、ふたりとも煙には極度に弱いのだ。

 

 そんなどんちゃん騒ぎの中だった。炊事場に充満した煙は、やがて換気のための小窓から、少しだけ上がりかけている雨にまぎれて、海の家の周辺へと広がり始めていた。

 

 その匂いの流れは、あるひとつの重大な災厄を確実に、彼女らの元へ招く結果となった。


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