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『剣遊記閑話休題編T』

第三章 真夏の嵐の夜の夢。

     (11)

 海の家はその平和的な名称とは裏腹に、緊張が張り詰める人質籠城事件の現場となっていた。

 

 由香たち給仕係一行は、事実上の使用人扱いで炊事場に押し込められ中。また孝治は真っ裸の格好のまま、今も大広間の中。射羅窯の目の届く場所で、正座を強要させられていた。

 

 ところがその射羅窯が、突然意味不明な嘆きを勝手にしゃべり始めたのだ。

 

「くっそぉ、喰らしたかぁ! おれはこげな夢みてえな所におりながら、おれは誰ひとり手ば出すことができんとやけねぇ☁☂☃」

 

 このあまりの突然の急変ぶり。しかも予告も脈絡もなし。孝治は思わずの不審を感じた。

 

「なんねあんた……おれの……まあ女性の裸ば真ん前にして、なして泣いとうとや? もしかしてあんた……女性に精神的後遺症{トラウマ}でもあったりしてやね☀」

 

 孝治としては、強がり混じりの冗談半分の気持ちであった。しかし射羅窯のほうは、これが笑いごとではないようなのだ。

 

「しぇからしかぁ! つぁーらんこつ訊かんでよかぁ!」

 

「うわっち! こりゃほんまもんばい✍」

 

 怒鳴り散らす射羅窯の態度が、孝治の憶測を確信に変えさせた。しかし今、ここでトラウマの原因など、探りようもなかった。だけどこの射羅窯が、昔女性相手でなんらかのイザコザがあったであろうことに、証拠はないが間違いはなさそうだ。しかも理由(武装解除)をこじつけてでも女性(孝治)を脱がしたくせに、肝心の手出しはまったく行なわない状態。これもある種、屈折した後遺症の現われなのだろうか。

 

 ここで孝治は考えた。

 

(まっ、大方父ちゃんか母ちゃんに厳しく教育されたか……そうやとしたらそげんやけ親に反抗ばして山賊になったわけっちゃろうけど☠ あるいは昔、恋人にこっ酷くフラれちゃったりして✌ そんとおりおれん考えんとおりやとしたら、裸のおれやビキニの由香たちにいっちょも手ぇ出さんっちゅうのも、なんとなくわかる気がするっちゃねぇ✍)

 

 何度も繰り返すが、孝治の憶測に証拠はなし。それでも話はだいたい、こんなところであろうか。それをまるで、証明するかのごとくだった。おのれの弱点をひたすら覆い隠すようにして(自分でバラしたくせに)、射羅窯がムキになってわめき始めた。

 

「ほんなこつ、グラグラこくったぁい! こげんなったら酒ばい! 酒持ってこんけぇ!」

 

 孝治はこれに、冷たい言葉で返してやった。

 

「おあいにく様っちゃね♥ ここにおるんは未成年ばっかしで、アルコールの類はいっちょも置いとらんのやけ♥ それに海が荒れとうけ、浜まで買いに行くこともできんちゃけねぇ☠」

 

「あんだとぉ!」

 

 自分自身のいつもの飲酒は棚上げ。それよりも孝治の挑発的発言で、射羅窯の目が異様につり上がった。目の保養(孝治の裸)は得たが、口の保養(酒類)は一切なし。そんな状況といったところか。

 

 登志子を人質に取り、孝治も武装解除で裸にした。また由香たちを専属の使用人扱いにもした射羅窯の一時的支配者気取りは、早くも行き詰まりの様相となったわけ。そこにつけ込む孝治であった。だが、現在の場合これだと、むしろ逆効果だったかもしれない。それはヒゲ男――射羅窯の鶏冠を、思いっきりカチンとさせたらしい。彼を往生際悪く、吼えさせる結果となったからだ。

 

「腹ん立つぅ! こげんなったら早よ魚ば焼いて持ってこんけぇーーっ! そしておめえらがおれにサービスして食わせるんばいねぇ! おおまんしちょったら、こいつの命はなかぞぉ!」

 

 けっきょく女々しく勝手に騒ぎ、いまだ自分の左手で抑えている登志子のノドに、右手で光る斧を突きつけた。

 

 先ほどから何度も、この行動の繰り返し。

 

「あ〜〜ん☂ 死ぬ前に北海道の生キャラメルタラバガニ海鮮どんぶりば食べたかったぁ☃

 

 登志子が自由な両足を、バタバタさせて騒ぎ続けた。

 

(あれ? スケールダウンしちょうばい?)

 

 この思いは口には出さないでおく。

 

「ま、まあ、この元気やったら、登志子ももうちょい大丈夫ったいね♡」

 

 孝治は少しずつだが、だんだんと安心の気分になってきた。


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