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『剣遊記U』

第三章 幻のお宝を求めて。

     (8)

「まったくぅ……正規の鑑定時間はとっくに過ぎてるというのにぃ……だから勝美君だって、とっくに帰っているのにぃ……」

 

 黒崎ほどの大人物が愚痴をつぶやくなど、大変珍しくて貴重な映像といえた。

 

 その愚痴を言わせた功労者(?)は荒生田。このサングラス😎野郎は、執務室の黒崎の机の上に明日香の遺跡から持ち帰った古代の貨幣をジャラジャラと並べ、得意満面な鼻高々的態度で振る舞っていた。

 

「まあまあ、オレとあんたの仲じゃねえの♡ そんオレがこげんして頭ば下げて頼んじょるんやけ、そこんとこば酌{く}んでちょうだいってもんでしょ☀ とにかくオレと裕志が命懸けで明日香の古代遺跡から発見したこのお宝、あんたにとってもそーとーな価値があるっち思うっちゃけね♡」

 

「まあ、拝見させてもらうがね」

 

 荒生田の自慢ったらしい御託など、初めっからまったく聞く耳なし。黒崎は机の上にある貨幣を一枚、右手でつかみ取り、それを虫メガネでつぶさに調べ始めた。

 

 それを見ている荒生田は、もちろん過剰ともいえる期待で胸をふくらませ中。そんなサングラス😎野郎のうしろでは、時間外の鑑定に付き合わされている、後輩の裕志がいた。それもハラハラドキドキの顔丸出しで、先輩の暴挙を無言で見守り続けていた。

 

 荒生田は自分がこの場を全部仕切っているようにほざいているが、本当にお膳立てで苦労を強いられたのは、先輩から尻を蹴られながら黒崎に無理をお願いした裕志である。

 

 とにかく、そんな緊迫した空気の中だった。貨幣の検査を一枚、もう一枚と、黒崎が続けて繰り返した。

 

やがて全部の鑑定を終え、黒崎が虫メガネを机に置いてから、ひと言。

 

「総枚数が五十四枚で、金貨五枚と交換だがや」

 

 ワクワク顔の荒生田に向けて、実に呆気ない鑑定結果を告げた。

 

 荒生田の下アゴが、ガクーンと床まで落ちた。

 

「ご、五まぁーーい!」

 

「そうだがや。貨幣十枚で金貨一枚分。四枚余るが、これは四捨五入で切り捨てさせてもらったがね」

 

 相も変わらずであった。夜遅くでも冷静さばかりを貫く黒崎。当然ながら荒生田が、顔全体を真っ赤にしてこれに喰らいついた。

 

「じょ、冗談もたいがいにするっちゃよ! この貨幣は和銅開珎っちゅうて、この日本でいっちゃん古い貨幣やろうも! それが五十枚もあって金貨五枚分やなんち、そりゃなかっちもんやねえの!」

 

「和銅開珎について、君はもう少し勉強したほうがいいだろう」

 

 このように完全にいきり立っているサングラスの戦士を前にしても、まったく怯む様子はなし。黒崎は終始淡々と、冷静な態度で応じ返した。

 

「和銅開珎は、今からおよそ千年前に始めて鋳造{ちゅうぞう}された、君が言うとおりの日本最古の貨幣だがね。ただし、その後も製造が続き、結果は総生産数が全部で五億枚あまりと推定されている、日本で最も流通量の多い貨幣でもあるんだがや。しかもここにあるのは、たぶん二百年くらい前に生産された最終型で、有名地の遺跡を掘れば、大抵簡単に出てくる一番ありふれた古銭で、市場でも価格が暴落している、言わばいわく付きの逸品だがや。だから僕としてはこれでも、特別な値を付けたつもりなんだが」(作者より注 史実とは大幅に違えております✍)

 

 このあと声には出さず――本当は赤字覚悟なんだがね――と、黒崎は内心で付け加えた。

 

 それでも荒生田は、あきらめの悪い男なのだ。

 

「そ、そこば……なんとか……ねえ☂☃」

 

 もはや完全に論破されているというのに、両手を合わせて黒崎に拝みまくった。

 

「さ、最終型やっちゅうても、もしかして、もっと古いモンが混じっとうかもしれんちゃろ……やけん、もうちっとくわしゅう一枚一枚見てくれんね……☁」

 

「仕方ないなぁ……あしたは早い仕事があるんだが……」

 

 あきらめの悪いついでに、往生際も悪い荒生田であった。そんな野郎にとうとう根負けした黒崎が、一度調べた貨幣をまた再び、虫メガネで丹念に調べ直した。

 

 荒生田との腐れ縁も、けっこう長い年月になる。だから彼が徹底的にしつこい性格であることも、ある程度は知り抜いていた。

 

 それゆえの災難であろう。なまじ知らないほうが簡単に断れる分、断然的に良かったのかもしれない。

 

「どげんね! なんかあるやろ!」

 

 人に要らぬ苦労を押し付けている自覚など、あろうはずもなし。荒生田が『今度こそ!』の意気込みで、鑑定中である黒崎に強く迫った。

 

 そんなときだった。

 

「おおっ! こ、これは!」

 

 黒崎が突然、驚愕の声を上げた。これは日頃の冷静沈着が看板となっている黒崎にしては、まさにあるまじき振る舞いともいえた。当然荒生田が脱兎のごとく、この事態に飛びつい。

 

「な、なんかあったとや! や、やけんオレが言うたとおりになったっちゃろうが!」

 

 ところが、サングラスの奥の三白眼を血走らせる荒生田は無視。

 

「これを見るがや」

 

 五十四枚ある和銅開珎の中の一枚を、黒崎が右手でつまみ上げた。

 

「?」

 

 うしろで見ている裕志には、その一枚が他の五十三枚といったいどこが違うのか、まったくわからなかった。だが、荒生田にとって黒崎が驚いた理由など、それこそまるで興味なしの関係なしだった。

 

「見ろ見ろ見ろ見ろ見てみい! オレが言うたとおり特別なんが混じっとったろうが! さあ、どげんするね! 今やったらそれと金貨百枚で手ぇ打ってもよかっちゃけね!」

 

 早くも有頂天になりきっている荒生田を、黒崎はやはり無視。それよりもうしろで控えている裕志を手招きで近くまで呼び寄せ、右手でつまんでいる貨幣についての説明を、丁寧な口調で始めた。

 

「ちょっとこっちに来るがや。見るがええ、この和銅開珎のみ、真ん中に穴が開いとりゃーせん。少し右にズレとうがね。失敗作がほとんど無いとされている後期生産型では、非常に稀{まれ}なことだがね。これなら金貨三枚分の価値があるがや」

 

「へぇ〜〜、そげなもんですかぁ〜〜♠」

 

 黒崎の蘊蓄に、裕志は大真面目な顔で聞き入った。そのうしろでは荒生田が、ズデーンとこけていた。


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