『剣遊記U』 第三章 幻のお宝を求めて。 (7) バシャッ バシャッ バシャッ バシャッ バシャッ バシャッ バシャッ バシャッ――と、八人全員に、孝治は胡椒入りビールの洗礼をお見舞いした。
「わひぃーーっ!」
「め、目がぁーーっ!」
「辛{かれ}ええええええええええっ!」
ただでさえビールが目に入れば、それはまさに沁みまくりのもの(だから優勝祝いでのビールかけなど、あまりやらないほうが良い⛔)。しかも胡椒の味付けサービス付きである。八人が八人とも、目頭を押さえての、もがきまくり。それから孝治は、すぐに席から立ち上がった。一番近くにいる男(角刈り)の右顔面に、強烈な左の拳骨を、ボゴッと喰らわせるために。
そいつは鼻血をブシューーッと噴水のようにして飛ばしながら、店の通路でぶっ倒れた。これが契機となって、店内に大歓声と拍手喝采👏が沸き起こった。
「うおーーっ! 凄かぁーーっ!」
「カッコよかばぁーーい! ねえちゃんよぉ!」
もともと血の気が多い土地柄と、そんな連中が集まる酒場である。
喧嘩と馬鹿騒ぎは、北九州の華{はな}なのだ。
「この野郎ぉ! よくもやりゃあがってぇ!」
激辛で両目を真っ赤に充血させている子分のひとりが椅子を高く持ち上げ、孝治に怒涛{どとう}のごとく襲いかかった。
怒声に独自性や意外性が、なにもない野郎であった。孝治はこれに、なんの気負いもなし。左足をひょいと前に出してそいつの両足を払いのけ、見事な大転倒を演じさせてやった。
「あっひぇーーっ!」
ズッギャッシャアアアアアアンン――と、そいつがよそのテーブルに激突。そこに置かれていた料理を全部、物の見事に引っ繰り返してしまう。
「てめえ! オレん飯{めし}ばメチャクチャにしてからにぃーーっ!」
料理を引っ繰り返された別の客(もちろん酔っている)が、怒り狂う様も当然。とっくに気を失っている子分を両腕で頭上高く持ち上げ(凄い力や♋)、そのまま店の外まで投げ飛ばす。
この間にも包帯のモヒカンと子分たちが、懲りもせず孝治へと飛びかかる。しかし、胡椒入りビールで視力を奪われた状態なのである。大勢で寄ってたかったところで、孝治ひとりにまったく歯が立たない有様となっていた。
逆に孝治は、鎧を脱いでいる身軽さを、大いに活用。まるでおもちゃのようにして、彼らを軽〜くあしらってやった。それどころか連中がぶつかる先で、他の酔客たちから殴られたり蹴られたり。そこでまた新たなる喧嘩が発生。終いにはそれが、店外まで発展。飛び火があちこちに拡散して、ついには表の通り全体にまで、大騒動が拡大していった。
それでも大方の客たちが、孝治の味方をしてくれた。理由はやはり、ひとりでゴロツキどもと戦っている者が、けっこう可愛い女性(?)であるからだろうか。
本当の正体はともかくとして。
こんな中で、親友である孝治の暴れっぷりに、秀正が妙な気持ちで感心をしていた。
「孝治んやつ、女になったら急に、男んときより凶暴化しちょうばい♋ まあ、それはそれでよかっちゃけど、当分この店には出入り禁止ばいねぇ……たぶん、おれもやろうけど☠」
それでも要らぬ喧嘩に巻き込まれまいと、さっきまで自分が飲み食いしていたテーブルを横倒しにして、秀正はその影に隠れていた。
だがついに、子分のひとりから見つけられてしまう。
「で、てめえもあの女の仲間やろうがぁ!」
そいつは両目を痛そうにしょぼつかせていた。だけどそれでも精いっぱいらしい右手の残力で、秀正の上着の胸倉を、ぐいっとつかみ上げる気力はあった。
もともと自分の腕力に、あまり自信のない秀正ではあった。でも、これくらい相手が弱っていれば、たとえヒキョーと言われても、なんとか対抗はできそうだ。
「馬ぁ〜鹿、勝手に決めんじゃなか!」
胸倉をつかまれたままの体勢で、秀正はそいつのおでこに、きつい頭突きをゴツンとブチかました。
かくして酒場の夜はきょうもきょうとて、もはや敵味方関係なしの大乱闘で暮れたのであった。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |