『剣遊記U』 第三章 幻のお宝を求めて。 (6) 初めはこの事態に『関係なかっちゃね✄』を決め込み、孝治は秀正とビールでの乾杯を続けていた。だが、吼え声の主――茶色いニット帽をかぶっている男が叫んだセリフ。
「そこの髪の長{な}げえ戦士やってる女ぁ! 表に出んかぁーーい!」
孝治はこの男に、なんとなくで見覚えがあった。
「うわっち? あいつさっきのスキンヘッドの馬鹿たれじゃん☞」
ついでに今この店で、おれ以外にそげな人(髪の長い女戦士)おったっけ? ――と、孝治は店内を見回した。
該当者はこの場で軽装鎧を右脇に置いてある、自分ひとりしかいなかった。
「おまえやおまえ! とっととこっち来{こ}んけぇーーっ!」
この間にもニット帽の男が、なおもわめき続けた。
「おい、あれって、孝治ばご指名やなかっちゃね?」
ビールをコップからジョッキに変えてグイグイしながら、秀正が孝治に尋ねた。孝治も両腕を組み、頭を右側に傾けてから答えた。
「……そげんらしいとやけどぉ……確かに見覚えもあるとやけどぉ……はっきりした覚えがなかっちゃけねぇ✄」
「おまえはうろ覚えみたいやろうけど、あちらさんにはありそうばい☠ ほら来た☛」
秀正の言うとおりだった。しかもついに、業でも煮やしたらしい。吼えた連中がニット帽を先頭にして、ドカドカと店内に乱入を始めた。その内のひとりは、下アゴを中心にして顔中に包帯を巻き付けた、実に痛々しい姿をしていた。しかし顔はともかく、全然似合っていないモヒカン頭だけは、忘れたくても忘れられない大特徴だった。
「うわっち! あいつだよぉ〜〜☠」
そいつは決して、ミイラ男などではない。とにかく包帯モヒカン男の有様を見て、孝治も今度こそはっきりと思い出した。先ほどこの店に来る前に、思いっきりブチのめしてやった、あのモヒカン酔漢である。
繰り返すが、今さら顔など、ほとんど覚えてはいなかった。だけど、下アゴを砕いてやった感触だけは、今も孝治の左の拳に残っていた。そのときも実はスキンヘッドの――現在ニット帽男を始め金魚の糞が三人いたのだが、今度はさらに子分を動員。わざわざお礼参りに来たようだ。
それから孝治たちのテーブルの前まで押しかけるなり、ニット帽男をうしろに下らせ、モヒカン包帯男が改めて吠え立てた。
「この野郎! やっと見つけたばい♨ 俺ん顔に泥ば塗ってくれた礼ば、たっぷりしちゃるけんのぉ♨ 覚悟せえよぉ☢」
などと、下アゴを痛めている割にはモヒカン包帯男の語呂は、けっこうはっきりしていた。早い話が、あのときの衝撃で。酔いも完全に冷めたのであろう。そんな連中に応える孝治の気分は、今やすっかりのシラけ模様となっていた。
「そりゃどうも☁ あんたらも暇なんやねぇ〜〜☠」
ついでに言わせてもらえば、包帯ば巻かせた覚えはあるっちゃけど、顔に泥まで塗った覚えはなかっちゃけね――と、孝治はつまらない言い訳も考えた。このようなセリフ(常識)が通用するような相手でないことなど、充分以上にわかってはいるのだが。
(もっとも我ながらこげな言い草って、こげなヤーさんやのうて一般社会でも、あんまし通用せんやろうねぇ☻)
そんな孝治と、なぜか巻き添えになりつつある秀正を取り囲む野郎ども、総勢八人。いずれもガラは悪いが頭も悪そうなツラ構えばかり。こんな八人が「ぎゃあぎゃあ!」とわめく中だった。孝治は落ち着いた仕草で淡々と、ジョッキのビールの中にテーブルに置いてある胡椒をひと瓶、中身を丸ごとドサッと入れるだけ。
「てめえ、なんのつもりね?」
さすがにこの奇行を、変に思ったようだ。モヒカン包帯男がご丁寧にも、真面目な顔になって孝治に尋ねた。
「こげなつもり☀」
孝治の返した答えは、八人の顔面に胡椒混じりのビールをぶっかける悪戯{いたずら}だった。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |