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『剣遊記U』

第三章 幻のお宝を求めて。

     (5)

「ところでぇ……きょうおれ、飲み代ば未来亭に忘れてきたっちゃね☠ で、今夜の分ば……おごってくれんね?」

 

 ビールを豪快に飲み干したあとで、孝治は急に、情けない今のおのれの現状を思い出した。

 

 だけど幸いにも、秀正は酒の回りが早い体質でも有名。後先のことも考えてもいない感じで、太っ腹に豪語してくれた。

 

「なんね、そんくらい♡ きょうのおれは盗賊ギルドからの結婚祝いで金があるとやけ、遠慮せんでよかったい♡ それに女性に割り勘ばさせるっちゅうのは、おれの流儀{りゅうぎ}と美学{びがく}に反するけな☀」

 

「そ、そりゃ、どうも……☁」

 

 これで今晩の酒代も解決。だけど、秀正の無神経発言連発で、孝治は正直気分が萎{な}えた。

 

 それでも次の懸案事項だけは、絶対に忘れてはいけない。

 

「と、ところでさぁ……今晩おまえん家{ち}に泊めて♡」

 

「ぶうっ!」

 

 秀正が四回目のビール噴き出しをやらかした。もうテーブルの上も孝治の顔もびしょびしょ。ついでに秀正は、酔いが一気に冷めたご様子となっていた。

 

「な、なんやっちゅうとやぁ! いきなりなん言い出すかっち思うたらぁ!」

 

ところが孝治は、こんなときだけ可愛い娘{こ}ぶって、両手を合わせて秀正に懇願した。

 

「だって、荒生田先輩がおれにしつこう付きまとうて、きょうは未来亭に帰れんとやけ☠ やけん、今夜ひと晩だけ……お願い!」

 

 これは端から見れば、彼氏に甘える彼女の構図といえた。従って無情に断れば、それは世間から冷たい野郎だと思われる場面でもあった。

 

 もちろん孝治は、そのような話の飛躍的展開を狙っていた。だが秀正は、かなりに慌てた感じ。大きくブルンブルンと、頭を横に振りまくった。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待ちや! おまえも知っちょうとおり、おれは新婚なんやけね! それやのに家に別の女なんか連れて帰ったら、律子{りつこ}が怒るやろうが!」

 

 『律子』とは、秀正の新妻の名前である。

 

「どげんしても……駄目?」

 

 孝治はつぶらな瞳(?)のつもりで、秀正の情に訴えた。女性になってまだ間もないが、女の武器(?)のいくつかは、すでに体得済み――の気になっていた。

 

 いったい誰から教わったものやら。

 

 しかしそれでも、秀正からは頑固一徹を貫かれた。

 

「どげんしても、駄目なもんは駄目っ!」

 

(秀正っち、意外に頭が固いやつやったんやねぇ☠)

 

 情が通じないと判断するなり、孝治は女の武器を、即座に脅迫へと切り替えた。

 

「ああ、よかよ☠ それやったら律子ちゃんに、秀正がきょう、知らん女と飲みよったっち、言うておくっちゃけね☠☻」

 

「ぶうっ!」

 

 効果はたちどころに現われ、秀正が通算五回目を噴き出した。孝治ももはや、避ける努力もしなかった(ビールかけに慣れた?)。

 

 そんな友のカッコ悪い有様を眺めつつ、(ずぶ濡れの)孝治は悪魔のささやきのごとく、静かな目線でもって語りかけてやった。

 

「おれもよう知っとうとやけど、律子ちゃんって可愛い顔ばしちょって、けっこう気が荒いとこがあるけねぇ〜〜☠ もし浮気がバレたらどげんなるかなんち、おれでも想像できんばい☢」

 

「ま、待て!」

 

 孝治の放った脅しの矢は、寸分の誤差もなく、秀正の弱点を貫通したようだ。白タオルの盗賊は恥も外聞もなく孝治の胸に(どさくさまぎれで)すがり付き、必死の涙目で哀願してきた。

 

「り、律子はおれが三年がかりでくどいて、ようやっと結婚までこぎつけた最高の女なんやけねぇーーっ! やけん頼む! きょうのこと黙っておいてやぁーーっ!」

 

 この迫真ぶりに、嘘偽りの交わる要素など微塵もなし。孝治は内心でほくそ笑んだ。

 

(そげん律子ちゃんば愛しとったら、こげなとこで浮気なんかするもんじゃなかっちゃけね☠ これは釣った魚にエサばやらん、秀正が決まっとうちゃけ、絶対!)

 

 人の愛妻を魚呼ばわりする無礼はさて置いて、意地悪はこれくらいと、孝治は改めて秀正に、初めの願い事を訊いてみた。

 

「じゃあ、今夜泊めてくれる?」

 

 秀正は今や不貞腐れていた。

 

「勝手にせえ♨ そん代わり、おまえが孝治っちゅうこと、ちゃんと律子に説明するっちゃぞ♠」

 

「わかっとうって♡」

 

 これにて今晩の宿(しかも無料)が確保できたわけ。しかし考えてみれば、秀正の新妻である穴生律子{あのう りつこ}(注 この世界の日本では夫婦別姓が通例となっています。後付け設定だけど☻)と会うのもも、実にひさしぶりな気がする。

 

 かっては凄腕の女盗賊として名を売り、今は結婚をして幸せな家庭生活を満喫しようとしている彼女が、いったいどのような感じで変わっているのだろうか――これはこれで、大きな興味を抱く孝治であった。

 

 そんな孝治を、秀正が横目で見つめていた。

 

「……ったくぅ、女になって、女のずる賢{がしこ}さも身に付けたんとちゃうか☠ 男やったころは、もっと正々堂々しとったような気もするとやけどねぇ☢」

 

 孝治はこれに、満面の笑みで応じてやった。

 

「女性は社会的にみて、まだまだ弱者の立場やけね☻ これも生きるための知恵っちゅうもんばい☀」

 

 そんな、なごやかな雰囲気(?)が壊される事態が発生したのは、このときだった。

 

「ああっ! こげなとこにいやがったぁ!」

 

 酒屋の入り口から、いかにも俺たちゃ乱暴者――といった吼え声が轟いたのだ。


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