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『剣遊記U』

第三章 幻のお宝を求めて。

     (15)

「べえーーっくしょおーーい!」

 

 荒生田のくしゃみは、いつもド派手で大袈裟なモノだった。

 

「風邪ですか?」

 

 などと、一応気に懸けている素振りで、裕志は声をかけてみた。しかし本当は、口ほどに心配をしていなかったりもする。なぜなら裕志の記憶にある限りにおいて、荒生田が風邪はおろか、咳{せき}ひとつやらかした記録がない話は、世間では超有名であるからだ。

 

 つまり、なんとかは風邪を引かない――の一例。

 

 現在荒生田は裕志を引き連れ、とある街の酒屋でヤケ酒を酌み交わしていた。理由は黒崎のお宝の鑑定結果が不満だらけで、納得が全然行かないことにあった。そのせいで、酒屋でワインやウイスキーを引っかけながらでの、延々とした愚痴が続くわけ。

 

「けっ! なぁ〜〜にが失敗作貨幣にだけ値打ちがあって、残りは量{はか}り売り程度でい! それでごまかしたつもりやろうけど、そうはいかんとやけねぇ! ばっきゃろぉ〜〜い!」

 

「先輩、もう駆けつけ二十杯目ですよ☢ いくらなんでも飲み過ぎやなかですか☠」

 

 荒生田の身を案じる振りをして、裕志は再度声をかけ直した。だけど、後輩魔術師が本当に気に懸けている心配事は、恋人である由香のその後が本心だった。

 

 荒生田によって水の姿のまま、三階の窓からばら撒かれるという、およそ考えられない事態があったばかりに。

 

 それでもウンディーネである由香のこと、たぶんケガのひとつもしていないだろう。だが、ひどい仕打ちを受けたことに変わりはない。

 

 もちろん知らずに由香を撒いた荒生田に、そんな裏事情など、わかるはずがない。荒生田は目付きが悪いと評判になっている、黒いサングラス😎の奥で光る三白眼の威力を発揮させ(しかも酒が入っている⚠)、ギロリと裕志をにらみつけた。

 

「ぎくっ!」

 

 裕志は思わずで、条件反射を口から洩らした。そんな後輩に向け、荒生田は一気にまくし立てた。他の客たちもにぎわっている酒屋の中で。

 

「こげんなったらリベンジやけね! あの能面野郎の鼻ば明かしてやるんじゃい! いいか、裕志! あしたにでもすぐに、新しい宝探しの話ば見つけるけねぇ!」

 

 当然周囲の客たちが驚いて、荒生田と裕志のふたりに注目した。裕志は周りからの視線に身が縮{ちぢ}こまる思いをしながら、小さな声で先輩戦士に答えた。

 

「はい……そげんします☠」

 

 しょせんは逆らう度胸など、カケラもなし。一応は従順にうなずいておいた。だけども頭の中は、心ここにあらずが本音であった。

 

(そげなうまい話、そげん都合良うあるわけなかっちゃよなぁ☂ それよか早よう帰って、由香に謝りたいよ……☃)

 

 その『都合良う』な話が、あしたになると向こう側から転がり込んで来る展開となっていた。だけど現時点において、このふたりに未来の予測など、できるはずがないだろう。

 

「くっそぉーーっ! 今夜は徹夜で飲み倒しやけねぇーーっ!」

 

 けっきょく荒生田は、本当に徹夜で飲み倒し。裕志はひと晩中、先輩のお守を務める破目となったしだい。

 

 お気の毒。


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