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『剣遊記U』

第四章 銀山道中膝栗毛{ぎんざんどうちゅうひざくりげ}。

     (1)

 雲ひとつない快晴の空の下。波はおだやかで、海上をなでる風も、まるで身も心も洗ってくれるかのようにすがすがしかった。

 

 こげな上天気の日ぃばっかやったら、船乗り稼業もさぞ楽しかろうっちゃねぇ――と、孝治にそんな気持ちを抱かせるほどの、快適な船旅が続いていた。

 

 孝治と秀正のふたりで、宝探し行きが決定。次の日の朝にはすぐに、友美と裕志にも同行を頼み込んだ。

 

 もちろんふたりとも、速攻で快諾をしてくれた。同時に長期の冒険申請を、黒崎に提出。ただちに出発と相成った。

 

 『おまけ』がひとり、付録でくっ付いて。

 

 それはさて置き、ちょうど北九州港から日本海航路で北海道まで向かう大型の帆船があったので、これに便乗。現在目的地の島根県を目指す、航海の途上にあった。

 

 孝治は帆船の最上甲板の船首で体全体に潮風を受けながら、瞳の前の舳先{へさき}に立つ友美に、大声で呼びかけた。

 

「おーーい! 友美ぃーーっ! 風に気ぃつけるっちゃぞぉーーっ! 飛ばされるかもしれんけねぇーーっ!」

 

 返事はすぐに戻ってきた。

 

「大丈夫っちゃよぉーーっ! 魔術で風ばコントロールしようけぇ……て、いったいどげな風がくるとねぇ?」

 

 友美は舳先の先端で、なんの真似をしているのかは知らないが、両手を大きく広げて、真正面からの海風を全身に受けていた。

 

「ほんなこつ大丈夫なんけ?」

 

 魔術で風圧をコントロール――いわゆる制御していると言われても、孝治の心配のタネは尽きなかった。その理由は友美ときたら、舳先の先端で楽しげにはしゃいでばかりでいるからだ。

 

「滅多にせん船旅がうれしかぁ〜〜っちゅうのも、なんとのうわかるっちゃけどねぇ……✈」

 

 広大な水平線と友美を交互に眺め回しながら、孝治は再度声をかけ直した。

 

「海ん上じゃあ、なんが起こるかわからんのやけねぇーーっ!」

 

『じゃあなんが起こるんか、教えてほしいっちゃね✐』

 

「うわっち!」

 

 船首の友美を見つめる孝治の背後には、いつの間にやら涼子がいた。もちろんいつもの真っ裸スタイルで。

 

「や、やっぱ出たっちゃね! こん無賃{キセル}乗船者!」

 

 孝治の驚き兼からかい言葉で、涼子のほっぺたがプクッとふくらんだ。

 

『ひっどぉ〜〜い、そげな言い方っち♨ やったら幽霊からどげな風にして船賃取るんか、それも教えてほしかっちゃねぇ♨』

 

 こうなると、孝治も売り言葉に買い言葉となるわけ。

 

「またまた居直ってくさぁ☠ 天下御免の密航者ばいねぇ、涼子はぁ♐⛴」

 

 とまあ冗談はさて置き、今回の冒険にも、涼子は隠密で同行していた。もちろんこのことを知っている者は、彼女の姿が見える(あるいは見せてもらえる☻)孝治と友美のふたりだけ。秀正と裕志には内緒にしてあった。付録の『おまけ』にも。

 

『まあ、それにしてもやけど、やっぱ海ってええっちゃねぇ♡ あたし、死ぬまでベッドの上ばっかりやったけ、こげな風に思いっきり海ば見たことなかったと♠ いつも本ばっかり読んどって、見たことない世界ば空想するばっかりやったけねぇ……☁』

 

 甲板の手すりを両手でつかみ、夢中で大海原と水平線を眺めている涼子の半透明なうしろ姿(もちお尻丸出し)。その光景が孝治の瞳に、なんだかとてもいじらしく感じられた。

 

 そこで元気づけのためのひと言。孝治は言ってやった。

 

「これからおれが、もっと見たこともない世界に、涼子ば連れてってやるけね☀ なんでも楽しみにしときや✌」

 

 孝治としては、ほんのサービスのつもりであるひと言だった。だけども涼子は、猛烈な反応ぶりを見せてくれた。

 

『それってほんなこつ! うれしかぁ♡♡♡』

 

「うわっち!」

 

 喜びの涼子が、真正面から孝治に飛びついた――とは言っても幽体である。孝治に抱きつかれた実感は、まるでなし。瞳には見えるが実態の無いモノが、体の内外をすっと吹き抜ける――そんな不思議な感覚を受けただけだった。

 

 ただし。実感が無いとはいえ、涼子は半透明でも真っ裸の格好なのだ。その面で言えば孝治はたまらず、顔面の赤化を確実に感じる始ことなった。

 

「うわっち! ちょ、ちょっと、涼子ぉ〜〜っ!」

 

「なん恥ずかしいっちゅう顔ばしとうと? 孝治ぃ……☠」

 

「うわっち!」

 

 ふと我に戻れば、瞳の前に友美がいた。それも空振りとはいえ、涼子が孝治に抱きつく場面を見たらしい。ほっぺたが少々ふくれ気味のご様子となっていた。

 

 こりゃ、まずかぁ☠――と、孝治は慌てて弁解した。見た目に苦しい状況なのは、百も承知のうえで。

 

「い、いや! 涼子に海んこつ、いろいろ教えてやりよったと! そしたら波がザバーンときてからやねぇ……♋」

 

「ふぅ〜ん、そうなんだぁ☠ そげな波っち、わたしはなんも感じんかったけどねぇ☻」

 

 口がうまく回っていない様を自覚している孝治に、友美は冷めた目線を向けてくれた。その右隣りでは、涼子が可愛く舌を出していた。

 

『あたし、船長室ば見学してくるけ☀』

 

 そのままさっさとふたり(孝治と友美)を置いて、船橋{ブリッジ}のほうへと飛んでいく。

 

「うわっち! ズルかぁ☠」

 

 完全に取り残された格好である孝治に対し、友美がやはり船橋の方向を、さっと右手で指差した。

 

「涼子んこつはもうよかけ、それよか秀正くんと裕志くんがお出まししようばい♠☞」

 

 孝治も友美から言われるまま、船橋方向に顔を向けた。

 

「うわっち、ほんなこつ♣」


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