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『剣遊記U』

第三章 幻のお宝を求めて。

     (12)

「はい、お待ちどうさま♡」

 

 孝治と秀正の宝探し行きが決定。ふたりそろって、すっかり意気投合したところだった。ここでタイミングよく、律子がトレイにコーヒーカップを三杯載せて持ってきた。

 

「あ……ありがと♥」

 

 孝治は思わずであるが、このときも律子に見惚{みと}れてしまった。

 

 先ほどは月夜の下であった。それが室内の灯りで改めて拝見をすると、彼女は本当に少女のあどけなさを残した童顔と、愛くるしい瞳の女性でいるからだ。

 

 さらに緑色に近いとしか思えない眺めの髪にも、清純な可愛らしさが感じられた。

 

 これでも結婚前は、凄腕の女盗賊として、その名を売っていた彼女であった。当然同期の戦士として、何度かいっしょに仕事をした経験もあった。

 

それが今では、まるで別人のよう。孝治はその点が、なんだかとても信じられない思いがしていた。

 

 念のため言うまでもないが、これらはすべて、男性だったころの孝治の記憶である。

 

(やっぱ……結婚すると女ん人っち……こげんも変わってしまうもんなんやねぇ……♪♋)

 

 孝治はいつの間にやらついうっとりと、今や主婦となっている律子に、瞳を奪われ続けていた。しかし律子自身は、孝治の(ぽ〜っとしている)様子に気がついていない感じ。トレイをテーブルの上に置こうとするだけでいた。

 

「ちょっと地図ばどけてんね⚠ わたしお手製の紅茶ば淹れてきたんやけぇ♥」

 

「おっ、すまんすまん★」

 

 すぐに秀正が、地図を丸めてテーブルの上を開けてやった。また孝治も早速カップを一杯右手に取って、紅茶のご相伴をさせていただいた。

 

「うまかっちゃねぇ! これってローズティーやね♡」

 

「うれしかねぇ♡ すぐわかってくれてぇ♡♡」

 

 紅茶の種類を孝治からピタリと当てられ、律子が無邪気な子供のように喜んだ。それを見た孝治は、これも声には出さないようにして、こそっとつぶやいた。

 

(趣味ば見れば、飲む前からだいたいわかるっちゃね☻ ほんなこつなんからなんまで、薔薇尽くしなんやけねぇ♡)

 

 それからこちらも、紅茶でひと息吐いたらしい。秀正が軽い感じの口調で愛妻――律子に言った。

 

「そうそう、おれと孝治で今度宝探しに行ってくるけ、しばらく留守ば頼むけね⛳」

 

 すると律子の表情が一変! 自分を置いてきぼりにしようとしている亭主に、凄い剣幕で喰ってかかった。

 

「ええーーっ! なしてぇ! わたしかてギルドで修行した一人前の盗賊なんばい♨ それなんに宝探しに行けんやなんて、バリ馬鹿んこつ言わんといてや♨」

 

 ここはさすがに、元凄腕女盗賊の面目躍如といったところか。まあ、それはそれでけっこうなのだが、孝治はこの夫婦のやり取りを、どこか奇妙に感じていた。

 

「?」

 

 実際に、連れてく連れてかないは当人たちの問題であり、他人が口をはさむ筋合いではなかった。だが、いつもだったら秀正は一も二もなく、律子を同行させるはずなのだ。

 

 それが今回に限って、留守番をさせるとは。

 

 孝治は思い切って、秀正に真意を尋ねてみた。

 

「いったいどげんしたとや? おれかて律子ちゃんの盗賊としての腕前ば充分以上に知っとうとやけ、連れてってもよかっち思うとやけどねぇ……なんか理由でもあるとね?」

 

 この問いに秀正は、口の右端にわずかな笑みを浮かべ、孝治に返事を戻してくれた。

 

「いや……理由は……個人的なことなんやけどねぇ……☀」

 

 返事は少し聞き取りにくいほどの小声であった。それでも秀正は顔を赤らめながら、新妻にチラリと目線を向け、そっと孝治の右耳にささやいてくれた。

 

「実はぁ……なんばい……♀♂」

 

 孝治はそのとたん、瞳を大きく開いた気持ちとなった。だから返す言葉も、思いっきりに裏返っていた。

 

「に、妊{にん}しぃーーん!」


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